灸の臨床|末梢循環障害
この教材が扱うこと主訴の冷えと、疾患の冷えを分ける
この教材の数字3つ
- 褥瘡に対する灸のメタ解析は、2件とも撤回されている理由はいずれも毀損された査読プロセス。集積された根拠は現時点で存在しない
- レイノー現象は、標準治療でも発作が週1.72回減るだけである重症度にはほとんど効果がないことが、高い確実性で示されている
- 糖尿病の灸試験が測っているのは神経伝導速度である経皮酸素分圧・足関節上腕血圧比など循環そのものを測った灸のヒト試験には到達できなかった
臨床への翻訳本文からの抜粋
- 07章 そのうち灸を含む試験は何件か
ここは、施術者が最も間違えやすい場所である。鍼灸という一語でくくられた研究成果を、灸の根拠として引用してしまう。Appiah らの試験は鍼のみであり[6]、Zhou らのレビューで灸を含む試験は6件中2件で、いずれも鍼との併用である[5]。患者に説明するときの正確な形はこうなる。「レイノーについては鍼の研究がいくつかあります。お灸を単独で調べた比較試験は見当たりません。併せて行った研究はありますが、どちらが効いたかは分けられていません」。この区別を守ることは、灸の価値を下げない。下げるのは、後で区別がついたときに説明が覆ることである。
- 11章 知覚の鈍い足に熱を置くということ
この症例から導かれる実務は、抽象論ではない。(1) 熱さの申告に頼らない。末梢神経障害のある患者では、「熱いと言われたら外す」という手順が安全装置として機能しない。時間と距離で管理する。(2) 皮膚を残す手技を選ぶ。本症例で生じたのは出血を伴うII度熱傷である[11]。灸痕を残す手技を、この集団に用いる根拠は本書の調査範囲では見出せなかった。(3) 施灸部位を毎回確認する。前回の施灸部位に発赤や水疱が残っていないかを、次回の施術前に必ず見る。(4) 血糖コントロールの状況を把握する。本症例の HbA1c は 8.2% であった[11]。コントロール不良であることを知らずに施灸することと、知ったうえで手技を選ぶことは違う。この4点は、灸の効果が不確かであることとは独立に成り立つ。効果が不確かな介入で、確実な害を出してはならない。
- 16章 未解決問題と申し送り
末梢循環障害の領域について、本書の結論は次のとおりである。(1) レイノー現象には鍼の研究があるが、灸単独の試験はない。標準治療の効果量そのものが限定的な領域である。(2) 糖尿病では神経伝導速度の研究があるが、循環を測った研究がない。そして知覚が鈍い足への施灸には、実際に起きた重篤な症例がある。(3) 褥瘡では、集積された根拠が撤回によって失われた。この三つを踏まえると、施術者の立ち位置は明確になる。この領域で灸を行うことは、効果を約束する行為ではなく、標準治療を受けている患者の生活の質に、安全な範囲で寄り添う行為である。そう位置づけたとき、施術者が最も価値を出せるのは、毎回足を見て、変化を記録し、危ない徴候を早く見つけることである。効果の証拠が薄い領域ほど、施術者の観察の質が患者の利益を左右する。
この教材を読むとできるようになること
- 序章主訴の冷えと、疾患の冷えを分ける標準治療のある領域では、灸の数値を単独で読まないという順序が身につく。
- 第I部鑑別冷えを訴える患者から、医療機関での評価が必要な所見を問診だけで拾えるようになる。
- 第II部レイノー現象レイノー現象について、標準治療の効果量を隣に置いて灸と鍼の数値を読めるようになる。
- 第III部糖尿病性の末梢障害神経の指標と循環の指標を混同せず、知覚の鈍い足への施灸のリスクを具体的に語れるようになる。
- 第IV部褥瘡と安全性査読済みという表示を無条件に信じず、撤回の有無を確認してから引用できるようになる。
分かっていないこと第16章「未解決問題と申し送り」より
- 灸を単独で用いたレイノー現象のランダム化比較試験に到達できなかった
- 循環そのものを測った灸のヒト試験に到達できなかった
- 異質性の原因が特定されていない
灸エビデンス・ライブラリ https://kyu.yomogi-base.jp