3分で要点だけ
本文で示した報告値のうち、この教材の骨格になる3点。
- 症状も血液も組織も動いたのに、内視鏡だけが動かなかったクローン病RCTでCDAIは210.84±48.03→95.49±41.70。CDEISは両群とも有意差なし
- 薬末を入れた隔物灸と、小麦粉を入れただけの隔物灸に差はなかったn = 210の多施設試験。有意差が報告されているのは灸と薬物のあいだである
- 過敏性腸症候群の灸試験20件のうち、割付隠蔽が記述されたのは2件19件が中国、偽対照はただ1件で、その1件は全般指標に差がなかった
1枚ノート この1冊をA4 1枚に。数字3つ・臨床への翻訳・分かっていないことだけを、本文からの抜粋で。印刷して配れます。 1枚ノートを見る →
効果量より先に、対照を見る
この巻は、消化器領域の灸の臨床試験を一つずつ読む巻である。読む順序を一つだけ決めておく。効果の大きさを見る前に、それが何と比べられた大きさなのかを見る。この順序を守るだけで、この領域の文献の見え方は変わる。疾患の病態・診断要件・指標の構造は第1巻『灸の臨床|消化器① 病態と適応』で扱った。本書はそれを前提に書かれている。
この部を読むと効果量を見る前に、その数字が何と比べられた数字かを見る順序が身につく。
00効果量より先に、対照を見る
灸の臨床試験を読むとき、最初に確認すべきは対照群の中身である。同じ「有意に改善した」という文が、対照によってまったく違う意味を持つ。この章は本書全体の読み方の道具を渡す章である。
0-1 対照の四分類
| 対照 | この比較が答える問い | 盲検 |
|---|---|---|
| 無治療・待機 | 何もしないよりましか | 不可能 |
| 薬物(実薬) | その薬より良い数字が出るか | 通常は不可能 |
| 標準治療への上乗せ | 標準治療に足す価値があるか | 偽灸を使えば可能 |
| 偽灸(シャム) | 灸という手技に固有の効果があるか | 可能 |
最下行だけが、灸そのものの効果を問う設計である。上の三つは、期待・注目・通院・皮膚接触・温感といった要素をすべて灸の効果に算入したうえでの比較になる。それが無意味なのではない。実際の臨床で起きることを測っているとも言える。しかし「灸が効く」という文の意味は、対照によって別物になる。
0-2 消化器領域でこの区別が特に効く理由
第1巻の第7章で見たとおり、過敏性腸症候群の標準治療の一覧には認知行動療法と腸管指向性催眠療法が載っている[16]。中枢での処理に働きかける介入が有効性を検証されてきた領域である、ということは、期待や関係性の影響を強く受ける領域であるということでもある。したがって偽対照を置かない試験の数字は、この領域ではとりわけ大きく割り引かれる。
第1巻の表 0-1 と同じ階層(A〜E)を用いる。本書では、偽対照を置いた盲検試験を A、実薬対照の非盲検RCTを D として扱う。同じ「ランダム化比較試験」でも、この二つは別の階層にある。
0-3 この巻を貫く三つの問い
- その数字は、偽灸と比べた数字か。それとも薬と比べた数字か。
- その試験は、症状票を測ったのか、粘膜を測ったのか。
- その試験は、どの国で、何語で発表されたか。
三つめは差別的な問いに見えるかもしれない。しかし第14章で見るとおり、これは1998年以降くり返し定量されてきた、出版そのものの構造の問題である。個々の研究者の誠実さの話ではない。
機能性ディスペプシアのエビデンス
上部消化管から始める。この領域には比較的新しく、比較的よく設計された試験がある。ただしその試験は、灸の効果を問う設計にはなっていない。
この部を読むと偽対照アームのない試験から何を言い、何を言わないかを線引きできるようになる。
01鍼と灸を直接比べた試験
2025年に報告された試験は、機能性ディスペプシアに対して鍼と灸を頭から突き合わせた。結果は、この領域を語るうえで最も引用に値するものの一つである。
1-1 設計
Mao らは、機能性ディスペプシア患者 144 例を鍼群と灸群に 1:1 で割り付けた(各群 72 例、139 例が完遂)[1]。灸群は中脘(CV12)と足三里(ST36)への温和灸を、週5日連続で計 20 回、4週間にわたって受けた[1]。主要評価項目は SF-LDQ(Short-Form Leeds Dyspepsia Questionnaire)の合計点である。
1-2 結果
| 群 | 値 | 95%信頼区間 |
|---|---|---|
| 鍼群 | 3.663 | 3.156 〜 4.169 |
| 灸群 | 3.742 | 3.239 〜 4.246 |
| 群間差 | 0.08 | −0.634 〜 0.794(p = 0.826) |
主要評価項目に有意差はなかった[1]。副次評価では、鍼が心窩部痛(p = 0.017)と不安(SAS、p = 0.022)で優り、灸が食後の膨満感(p = 0.02)で優った[1]。有害事象は鍼群 3 例(4.1%)、灸群 2 例(2.7%)で、群間差はなかった(p = 0.637)[1]。
患者の盲検化ができないこと、女性が 72% を占めること、機能性ディスペプシアの亜型で分けていないこと、効果量が控えめであること、追跡が4週間では不十分であることが挙げられている[1]。
この試験から言えることは、「機能性ディスペプシアに対して、灸は鍼と同程度の症状改善をもたらした」である。言えないことは、「灸が効いた」である。両群とも改善しているが、この設計では改善の何割が手技によるもので、何割が4週間・20回の通院と関与によるものかを分離できない。
ただし、副次評価の差は実務的に使える。心窩部痛が主訴なら鍼、食後の膨満感が主訴なら灸という選び分けは、この試験の報告と整合する。第1巻の第2章で見た EPS と PDS の区別が、ここで効いてくる。
02偽対照アームの不在という構造
前章の試験には偽灸群がない。これは設計の不備というより、この領域全体の構造である。そして偽灸を作ること自体は、技術的には解決している。
2-1 偽灸装置は存在する
灸の偽対照は「原理的に不可能」と言われることがあるが、正確ではない。遮熱ベースを用いた偽灸装置は開発され、妥当性が検証されている。艾炷を特殊な台座に固定し、外観・燃焼過程・燃え残りを本物とそろえたうえで、台座が熱と煙を遮って皮膚に届かないようにする設計である。被験者と施術者の双方の盲検化が成立したと報告されている。第III部で扱う便秘の試験は、実際にこの原理の装置を用いている[7]。
したがって、消化器領域で偽対照試験が少ない理由は技術的な不可能性ではない。それは研究の設計と資源配分の問題である。この区別は重要で、「灸は盲検化できないから仕方がない」という説明を、少なくとも2026年時点でそのまま受け入れることはできない。
2-2 機能性ディスペプシアにおける空白
今回の調査では、機能性ディスペプシアを対象に、灸を偽灸と比較した盲検化ランダム化試験に到達できなかった。したがって、この疾患について現時点で言えるのは「灸を受けた患者の症状点数は改善し、その程度は鍼と同等であった」までである。灸という手技に固有の効果があるかどうかは、試験が行われていないために不明であって、効果がないことが示されたわけではない。この二つを混同してはならない。
2-3 胃排出能を測った試験
第1巻の第1章で確認したとおり、胃排出能にはシンチグラフィ、¹³C呼気試験、無線モチリティカプセルという測定法がある[17]。
これらの客観的な手法で灸の効果を測ったヒトの試験には、今回の調査範囲で到達できなかった。胃電図(EGG)の即時変化を見た中国語圏の報告は存在するが、数値と測定条件を確認できる英文の一次文献に到達できていない。したがって、「灸で胃の動きが変わる」という主張をヒトの客観データで支える文献は、本書の調査範囲には存在しない。動物データについては第1巻の第15章を参照のこと。
過敏性腸症候群のエビデンス
灸の消化器試験がもっとも多く集積している領域である。試験数の多さは、根拠の強さと同じではない。この部は、その二つがどれだけ違いうるかを具体的に見る部である。
この部を読むと同じレビューの中で対照を変えると結論が反転することを、自分の言葉で説明できるようになる。
0320試験1,625例の内訳
系統的レビューを読むときは、プールされた効果量より先に、含まれた試験の一覧を見る。この章はそのやり方を、一つのレビューで実演する。
3-1 集められた試験
Park らは、過敏性腸症候群に対する灸のランダム化比較試験を系統的に集め、20 試験・1,625 例を解析した[2]。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 試験数 | 20 |
| 総対象者数 | 1,625 |
| 中国からの試験 | 19 |
| 米国からの試験 | 1 |
| 適切なランダム化が記述された試験 | 6(30%) |
| 適切な割付隠蔽が記述された試験 | 2(10%) |
| 盲検が不可能であった試験 | 19 |
この表は、プールされた効果量を見る前に読者の期待を調整する。割付隠蔽が記述されていたのは20試験中2試験である。割付隠蔽が破れると、症状の軽い患者を治療群に、重い患者を対照群に割り付けることが可能になる。これは意図的な不正を必要としない。担当者が「この人には効きそうだ」と感じるだけで起こる。
この10%という数字は、以降の章に出てくるすべての数値にかかる割引率である。
04薬物対照と、ただ一つの偽対照
同じレビューの中で、対照を変えると結論が反転する。本書でもっとも重要な対比である。
4-1 比較ごとの結果
| 比較 | 試験数・例数 | 結果 | I² |
|---|---|---|---|
| 灸 vs 薬物 | 7試験・461例 | RR 1.33[1.15, 1.55] | 46% |
| 灸+鍼 vs 薬物 | 4試験・434例 | RR 1.24[1.09, 1.41] | 36% |
| 他の治療への上乗せ | 7試験・556例 | 上乗せ効果は示されず | — |
| 灸+鍼 vs 偽 | 1試験 | MD 0.35[−0.77, 1.47] | — |
薬物と比べた比較では、灸の有効率が有意に高い。しかし偽対照を置いた唯一の試験では、群間差がなかった[2]。
4-2 その1試験
偽対照を用いた唯一の試験は、米国で行われた Anastasi らのパイロット試験である[2]。過敏性腸症候群の男女 29 例を、個別化した鍼灸群と偽鍼灸群に割り付け、週2回・4週間・計 8 回の治療を行った[4]。診断を担当した鍼灸師は治療を行わず、割付を知らされていない[4]。
Park らがこの試験からプールしたアウトカムは7段階の Clinical Global Impression Scale の変化であり、その結果が MD 0.35[95%CI −0.77, 1.47]、すなわち群間差なしであった[2]。
一方、この試験自身の抄録は別の記述をしている。症状日誌から算出した1日あたりの平均腹痛・不快感について、治療群が改善し対照群の低下はわずかであり、ベースラインを調整した群間差は統計的に有意であったと報告している[4]。
矛盾ではない。同じ試験の、別のアウトカムの話である。試験の抄録は症状日誌の腹痛を語り、系統的レビューは Clinical Global Impression Scale を語っている。
ここから読み取るべきは次のことである。一つの試験の中に複数のアウトカムがあり、どれを選ぶかで「有意」と「有意でない」が両方作れる。だからこそ、事前に主要評価項目を1つ登録することが要求される。第1巻の第13章で見た指標の構造の話は、ここでも同じ形で現れる。
患者に説明するときに使える形はこうである。「灸を受けた人の症状点数が、薬を飲んだ人より良くなったという報告は複数あります。ただし、本物の灸と、熱の伝わらない偽の灸を比べた試験は、私が調べた範囲で1件しかなく、その1件では全般的な改善の指標に差がありませんでした」。前半だけを言うことも、後半だけを言うことも、どちらも正確ではない。
05症状別に分解すると何が残るか
下痢型の過敏性腸症候群に絞ったメタ解析がある。総合点では有意な差が出ているが、症状ごとに分けると様相が変わる。
5-1 設計
Tang らは、下痢型過敏性腸症候群(IBS-D)に対する灸と薬物療法を比較したランダム化比較試験 7 件・568 例を解析した[3]。7試験すべてが中国で行われ、英語3件・中国語4件である[3]。灸の種類は固定点への灸、隔生姜灸、軟膏隔物灸、薬餅隔物灸、弁証論治による灸、薬末隔物灸と多様であった[3]。対照薬はニフェジピン、塩酸ベルベリン、臭化ピナベリウム、ロペラミド、マレイン酸トリメブチン、腸溶性グルタミン、スメクタ、プロバイオティクスである[3]。
5-2 結果を分解する
| アウトカム | p値 | 判定 |
|---|---|---|
| IBS-D症状の全般的改善 | 0.0002 | 灸が優る(I² = 0%) |
| 症状スコア総点 | 0.0001 | 灸が優る(I² = 0%) |
| 腹部膨満 | 0.02 | 灸が優る |
| 排便回数 | 0.02 | 灸が優る |
| 腹痛 | 0.21 | 有意差なし |
| 便の異常 | 0.95 | 有意差なし |
この表の下2行は、第1巻の第6章と突き合わせると重い意味を持つ。Rome IV において、腹痛は過敏性腸症候群の必須要件である。その必須要件である腹痛について有意差がなく(p = 0.21)、便の形状についても差がなく(p = 0.95)、有意になったのは膨満と回数であった。
つまり「IBS-D の症状全体が改善した」という総括は、この疾患を定義している症状が改善したことを意味していない。患者に「お腹の張りと回数は改善が報告されていますが、痛みそのものについては差が出ていません」と言えるかどうかが、この表を読んだかどうかの差になる。
5-3 質の評価
著者らは、4試験がランダム化の方法を報告しておらず、単盲検を用いたのは1試験のみであったと記述している[3]。有害事象を報告したのは1試験だけで、軽度から中等度のアレルギー反応が 2 例、中止により回復した[3]。著者らは「本エビデンスの質は限定的である」と述べ、対象数の小ささ、治療様式と期間の不均一、評価基準の不統一、有害事象報告の不足、そして全試験が中国からであることによる出版バイアスの可能性を限界として挙げている[3]。
06隔物灸の試験——薬末とプラセボに差はなかった
本書でもっとも示唆に富む単一の試験である。多施設・3群並行・n = 210 という規模で、薬末を入れない小麦粉隔物灸というプラセボ群を置いている。その群との比較結果が、この領域全体を照らす。
6-1 設計
Ma らは、2008年10月から2011年1月にかけて3施設で IBS-D 患者 210 例を登録し、3群に割り付けた[6]。女性が 74.29%、平均年齢 25.7 歳である[6]。
- HM群(隔物灸、n = 75)
- 薬末を臍(神闕・CV8)に置き、その上に艾炷 10 壮を順次施灸する。薬末は白朮 20%、茯苓 15%、丁香 15%、山薬 10%、五倍子 40%、および微量の麝香からなる[6]。
- FM群(小麦粉隔物灸、n = 75)
- プラセボ対照。薬末の代わりに小麦粉 8〜10 g を用いる。施灸の手順は同一である[6]。
- PB群(薬物、n = 60)
- 臭化ピナベリウム 50 mg を1日3回経口投与[6]。
治療は週2回・4週間。評価者とデータ解析者は割付を知らされていない[6]。
6-2 結果
| 群 | ベースライン | 4週 | 8週 |
|---|---|---|---|
| HM(隔物灸) | 8.75 ± 0.251 | 1.98 ± 0.303 | 2.75 ± 0.306 |
| FM(小麦粉隔物灸・プラセボ) | 8.60 ± 0.276 | 2.93 ± 0.302 | 3.56 ± 0.329 |
| PB(臭化ピナベリウム) | 8.85 ± 0.287 | 3.73 ± 0.449 | 4.39 ± 0.482 |
この表を読むときは、原著の脚注を必ず確認しなければならない。脚注は「week 4 と比較して *P < 0.01、**P < 0.05;Group PB と比較して Δ P < 0.01、# P < 0.01」と記している[6]。アスタリスクは群間比較ではなく、4週時点と8週時点を比べた群内比較である。薬物群との群間比較を示すのは Δ と # の記号のほうである。
そして本文には、本書がもっとも重視する一文がある。原著は4週時点について「HM群と FM群のあいだで GSRS 総点に有意差はなかった」と明記している[6]。
4週時点で HM群は、腹痛(0.28 対 0.57、P < 0.01)、腹部膨満(0.4 対 0.7、P < 0.01)、腹鳴(0.38 対 0.59、P < 0.05)、排便の通過(0.06 対 0.25、P < 0.01)について、PB群(薬物)より改善が大きかった[6]。
脱落は 210 例中 10 例(4.76%)。有害事象は軽度のアレルギー反応が 2 例(HM群1例、PB群1例)で、重篤な事象はなかった[6]。著者らは限界として、検出力の事前計算を行っていないこと、慢性疾患に対して治療期間が不十分でありうること、QOL評価がないことを挙げている[6]。
6-3 この表の読み方
整理するとこうなる。この試験は、薬末を入れた隔物灸と、小麦粉を入れただけのプラセボ灸を比べて、有意差を出していない。有意差が報告されているのは、隔物灸と薬物のあいだである。
そのうえでプラセボ群の挙動を見る。小麦粉を臍に置いて艾を焼いただけの群が、GSRS 総点を 8.60 から 2.93 へ下げている。この下げ幅は、薬物群(8.85 → 3.73)より大きい。ただし FM群と PB群の統計的比較は報告されていないため、「プラセボ灸が薬より有意に優れた」と述べることはできない。述べられるのは、報告された数値の並びまでである。
この試験は三つのことを同時に示している。
第一に、この領域におけるプラセボ反応はきわめて大きい。第1巻の第7章で見たとおり、過敏性腸症候群は中枢での処理に働きかける介入が標準治療に載る疾患である。臍に何かを置いて温めるという儀式性の高い手技が大きな反応を生むことは、疾患の性質から予測できる。
第二に、薬末を入れた隔物灸と、小麦粉を入れただけの隔物灸のあいだに、有意な差は出ていない。この試験は 210 例という、この領域では大きな規模をもつ。それでも差が出ていない。したがって、生姜・附子・薬末といった介在物の薬効を根拠として患者に説明することは、この試験からは支持されない。
第三に、だからこそ「灸群が薬群より良かった」という比較は、灸の効果の証明として弱い。この試験は自らその弱さを示している。同じ試験の中に、薬より良い数字を出したプラセボ灸群が並んでいるからである。
そのうえで、実務上の含意がある。患者にとって重要なのは、症状が軽くなるかどうかである。機序が手技に固有かどうかは、患者の利益とは別の問題である。施術者が守るべきなのは、その区別を自分では取り違えないことと、患者に対して「灸だから効いた」「この薬草が効いた」と過剰に説明しないことである。
便秘のエビデンス
便秘の領域には、この分野では珍しく、患者を盲検化した偽灸対照の試験がある。規模は小さく、結果は陰性である。小さな陰性試験をどう扱うかは、それ自体が読解の訓練になる。
この部を読むと小規模な陰性試験を、過大にも過小にも扱わずに読めるようになる。
07患者盲検・偽灸対照の試験
韓国で行われたパイロット試験は、遮熱型の偽灸を用いて患者を盲検化した。第2章で述べたとおり、偽灸の作製は技術的には解決している。その実例である。
7-1 設計
Park らは、6か月以上の便秘歴をもつ19〜55歳の成人を灸群と偽灸群に各 13 例ずつ割り付けた(韓国、参加者は全員女性、24 例が完遂、灸群から2例が脱落)[7]。
- 手技:艾炷(0.6 × 20 mm)を用い、両側の太乙(ST23)と大巨(ST27)に施灸
- 回数:週3回・4週間で計 12 回、1回につき各穴 3 壮
- 偽灸:艾炷の下に断熱材を入れて熱の伝達を防ぐ。外観と煙は保たれる[7]
7-2 結果
| アウトカム | 群間差 | 95%信頼区間 | p値 |
|---|---|---|---|
| 排便回数 | −0.25 | −2.08 〜 1.58 | 0.78 |
| Bristol便形状スケール | −1.22 | −2.7 〜 0.26 | 0.10 |
| 便秘評価尺度(CAS) | 0.91 | −1.46 〜 3.28 | 0.44 |
群内の変化は、灸群が週 3.3 回から 4.6 回(差 1.5、p = 0.06)、偽灸群が週 2.7 回から 3.7 回(差 1.0、p = 0.15)であった[7]。有害事象はいずれも軽度かつ一過性で、発赤(掻痒を伴う場合を含む)が灸群2例・偽灸群1例、有害事象による脱落が1例であった[7]。
著者らの結論は「灸の治療は安全と考えられるが、便秘に対する効果は示されなかった」である[7]。
対象数が小さいこと、全員が女性であること、評価者の盲検化がないこと、証の判別基準の妥当性検証が必要なこと、より大規模な試験が必要なことに加え、「盲検が成功したかどうかを確認していない」と明記されている[7]。
08陰性の小規模試験をどう扱うか
前章の試験を「灸は便秘に効かないことが示された」と読むのは誤りである。同時に「小さな試験だから無視してよい」と読むのも誤りである。正しい読み方は、その中間にある。
8-1 この試験が示したこと・示していないこと
| 言えること | 言えないこと |
|---|---|
| この規模・この手技・この部位・この期間で、偽灸を上回る効果は検出されなかった | 灸に便秘への効果がないことが示された |
| 灸群も偽灸群も排便回数は増えている | その増加が灸によるものである |
| 有害事象は軽度・一過性にとどまった | 灸が便秘に対して安全であることが確立した |
8-2 検出力の問題
各群 13 例という規模は、中等度の効果を検出するには小さい。「有意差がなかった」は「差がない」ではなく、「この試験ではこの差を検出できなかった」を意味する。ただし信頼区間を見ると、排便回数の群間差は −2.08 から 1.58 に及ぶ。この区間は臨床的に意味のある改善も、意味のある悪化も含んでいる。つまりこの試験は、方向すら定めていない。
便秘に対する灸について、施術者が言えるのはここまでである。「偽の灸と比べた試験は小規模なものが1件あり、差は出ませんでした。ただし人数が少なく、効果がないと結論できる試験でもありません」。
第1巻の第10章で見たとおり、この試験も含めて灸の便秘試験が用いているのは患者の記録による指標だけである。大腸通過時間で灸を評価した試験には到達できなかった。したがって「腸の動きが変わった」という説明は、便秘についても現時点で支えを持たない。
炎症性腸疾患と隔物灸試験群
本書の中核である。この領域には、血液の炎症指標・組織像・内視鏡を測った試験が存在する。そして、それらの指標が同じ方向に動かなかった試験が存在する。第1巻の第13章で用意した道具を、ここで使う。
この部を読むと症状指標と内視鏡が食い違ったとき、それを指標の構造から説明できるようになる。
09クローン病RCT——何が動いたか
Bao らの試験は、隔物灸を用いた消化器領域の試験のなかで、もっとも多くの客観指標を測っている。まず動いたものを見る。
9-1 設計
軽症・中等症のクローン病(CDAI 151〜350)の患者を各群 46 例に割り付けた[8]。
- 治療群
- 隔物灸+鍼。薬餅は黄連・附子・肉桂・木香・紅花・丹参・当帰からなる。灸は天枢(ST25)・気海(CV6)・中脘(CV12)、鍼は足三里(ST36)・上巨虚(ST37)・公孫(SP4)・三陰交(SP6)・太渓(KI3)・太衝(LR3)に 20〜30 mm 刺入し 30 分置鍼[8]。
- 対照群
- 小麦ふすま隔物灸+浅刺。ふすまを薬餅の代わりに用い、経穴から 1〜2 cm 離れた非経穴に 1〜2 mm のみ刺入し、得気を得ない[8]。
週3回・12週間(計 36 回)、24週の追跡。患者は盲検化され、評価者と統計担当は施術者と分離されている[8]。
9-2 動いた指標
| 指標 | 治療群 | 対照群 |
|---|---|---|
| CDAI(ベースライン→12週) | 210.84 ± 48.03 → 95.49 ± 41.70(p = 0.000) | 201.04 ± 57.13 → 165.36 ± 54.56(p = 0.056) |
| CDAI(24週) | 81.91 ± 44.46 | 186.72 ± 56.47 |
| CRP(mg/L) | 18.52 ± 24.35 → 8.71 ± 8.94(p = 0.007) | 12.32 ± 13.43 → 13.60 ± 14.81(有意差なし) |
| ヘモグロビン(g/L) | 118.05 ± 17.79 → 123.14 ± 20.87(p = 0.026) | 124.79 ± 20.70 → 123.86 ± 21.23(有意差なし) |
| 赤沈(mm/h) | 21.80 ± 16.86 → 17.85 ± 14.14(有意差なし) | 24.64 ± 22.28 → 24.41 ± 22.10(有意差なし) |
| 組織病理スコア | 11.2 ± 1.47 → 9.00 ± 2.11(p = 0.002) | 11.07 ± 1.44 → 10.53 ± 2.13(有意差なし) |
ここで、表の読み方に関わる重要な事実がある。原著は「各群から15例が選ばれて内視鏡検査と粘膜生検を受けた」と記述している[8]。したがって組織病理スコアと、次章で扱う CDEIS は、各群46例ではなく各群15例に基づく数値である。副次アウトカムはすべて登録日と登録後12週の時点で測定されている[8]。
CRP の群間比較は p = 0.008、ヘモグロビンは p = 0.029 であった[8]。臨床的寛解(CDAI < 150)に到達したのは治療群 74%、対照群 36% である[8]。QOL(IBDQ)は治療群が 24.56 ± 34.15 点、対照群が 9.93 ± 19.13 点改善し、群間 p = 0.017 であった[8]。有害事象は 92 例中 2 例(鍼刺入部の血腫1例、軽度熱傷1例)で、重篤なものはなかった[8]。
この試験には、本書で扱う他の多くの試験にない要素がある。対照群が薬物ではなく偽の手技である。薬餅を小麦ふすまに置き換え、刺鍼を非経穴への浅刺に置き換えている。つまり通院回数・接触時間・温感・煙といった要素は両群でそろえられている。この設計は、表 0-1 における「偽灸」に近い。したがってこの試験の数字は、本書で扱う他の試験より重い。
10同じ試験で、内視鏡だけが動かなかった
前章の表には、あえて載せなかった行がある。この試験は内視鏡も測っている。そしてその結果は、他のすべての指標と食い違った。
10-1 CDEIS の結果
Bao らは内視鏡的重症度指数(CDEIS)についてこう記述している。「治療群・対照群ともに治療後の CDEIS スコアは治療前と比べて低下したが、これらの差は統計的に有意ではなかった」[8]。
| 指標の種類 | 指標 | 治療群での変化 |
|---|---|---|
| 複合臨床指標 | CDAI | 有意に低下(p = 0.000) |
| 主観指標 | IBDQ(QOL) | 有意に改善(群間 p = 0.017) |
| 血液の炎症指標 | CRP | 有意に低下(p = 0.007) |
| 血液の炎症指標 | 赤沈 | 有意差なし |
| 組織像 | 組織病理スコア | 有意に改善(p = 0.002) |
| 内視鏡 | CDEIS | 有意な変化なし |
10-2 この不一致をどう読むか
第1巻の第13章で見たとおり、CDAI の8項目のうち重みの大半は患者の自己申告に置かれている。したがってCDAI が大きく下がりながら内視鏡スコアが動かないという事態は、指標の構造から予測できる帰結である。
ただしこの試験では、自己申告に依存しない CRP と組織病理スコアも有意に改善している。この二つは患者の期待では動きにくい。したがって「すべてはプラセボ反応であった」という説明では、この試験の結果を説明しきれない。
三つの読み方が並立する。本書はどれか一つを選ばない。
- 粘膜治癒には至っていない。炎症の量(CRP・組織像)は減ったが、内視鏡で見える構造的な病変は12週では変わらなかった。クローン病の粘膜治癒には通常それ以上の期間を要する。
- CDEIS の検出力が不足していた。前章で確認したとおり、内視鏡と生検を受けたのは各群15例である[8]。ただし同じ15例から算出された組織病理スコアは有意に改善している(p = 0.002)ため、症例数だけでは説明がつかない。内視鏡スコアは組織像より粗い階調で評価されるため、同じ人数でも差を検出しにくいという要因が重なっている可能性がある。
- 対照群への熱の漏れ。著者ら自身が限界として、偽の隔物灸の温熱が近傍の経穴に及び、対照群を汚染した可能性を挙げている[8]。これは群間差を小さくする方向に働く。
クローン病の患者に対して、この試験を根拠に言えるのは次の形である。「隔物灸と鍼を12週続けた試験で、症状の指数と血液の炎症の数値、そして組織の所見が改善したという報告があります。ただし同じ試験で、内視鏡で見た所見は有意には変わっていません」。
第1巻の第12章で見たとおり、炎症性腸疾患の治療目標は粘膜治癒に移っている。その到達点について、灸が寄与したという証拠はこの試験からは得られていない。この一文を省略して前半だけを伝えることは、患者が通院と内視鏡評価を軽視する方向に働きうる。
10-3 著者が挙げた他の限界
追跡期間中に評価されたのは主要指標である CDAI のみであり、副次指標は記録されていない[8]。不安・抑うつの尺度は測定されていない[8]。
11ドイツの二つの試験
炎症性腸疾患の領域には、中国以外で行われた偽対照試験が二つある。どちらも同じ研究グループによるもので、どちらも同じ結論に達している。その結論は、本書の中でもっとも率直な文である。
11-1 クローン病(2004年)
Joos らは、軽症から中等症の活動期クローン病 51 例を、伝統的な鍼灸群(27 例)と非経穴への対照処置群(24 例)に割り付け、4週間で 10 回の治療を行った[9]。
CDAI は鍼灸群で 250 ± 51 から 163 ± 56 へ、対照群で 220 ± 42 から 181 ± 46 へ低下した(群間 p = 0.003)[9]。全般的な健康感でも鍼灸群が優った(p = 0.045)[9]。α₁酸性糖タンパク濃度は鍼灸群でのみ有意に低下した(p = 0.046)[9]。
著者らの結論は次のとおりである。「顕著なプラセボ効果とは別に、伝統的な鍼治療は軽症から中等症の活動期クローン病の患者に追加的な治療的有益性を提供する」[9]。
この試験の題名は「鍼と灸」であり、介入には灸が含まれている。しかし抄録の本文は一貫して「伝統的な鍼治療(traditional acupuncture)」と記述しており、灸の寄与を鍼から分離した解析は報告されていない。したがって本試験を「灸の効果」の根拠として引用することはできない。これは本書と第1巻を通じて繰り返し現れる問題であり、灸と鍼を併用した試験に共通する限界である。
11-2 潰瘍性大腸炎(2006年)
同じグループは、軽症から中等症の活動期潰瘍性大腸炎 29 例(平均年齢 37.8 ± 12.0 歳)を、伝統的な鍼灸群(15 例)と非経穴への浅刺による偽鍼群(14 例)に割り付け、5週間で 10 回の治療と16週の追跡を行った[10]。
| 指標 | 鍼灸群(n = 15) | 偽鍼群(n = 14) |
|---|---|---|
| 大腸炎活動指数(CAI) | 8.0 ± 3.7 → 4.2 ± 2.4 | 6.5 ± 3.4 → 4.8 ± 3.9(群間 p = 0.048) |
| 全般的な健康感 | 3.0 ± 1.8 → 1.8 ± 1.0 | 3.2 ± 1.9 → 2.2 ± 1.7(群間有意差なし) |
| 生活の質 | 146 ± 23 → 182 ± 18 | 157 ± 20 → 183 ± 23(群間有意差なし) |
著者らの結論はこうである。「伝統的な鍼と偽鍼の効果の差は小さく、有意であったのは主要評価項目である CAI についてのみであった。伝統的な鍼と偽鍼のいずれもが、軽症から中等症の活動期潰瘍性大腸炎の患者に追加的な治療的有益性をもたらすようである」[10]。
この結論は、本書全体でもっとも率直な一文である。偽鍼群も改善している。そして生活の質と全般的な健康感については、両群に差がなかった。
ここから読み取れるのは、この領域における「関わりそのものの効果」の大きさである。週2回の来院、話を聞かれること、体に触れられることが、活動期の潰瘍性大腸炎患者の生活の質を 157 から 183 へ動かしている。これは施術者が軽視すべき事実ではなく、むしろ自分の仕事の実質の一部として理解すべき事実である。ただしそれは「灸の効果」ではない。この区別を保ったまま両方を大切にすることが、この巻が求める態度である。
12効果量そのものが警告灯になるとき
メタ解析の結論が大きすぎるとき、それは良い知らせではない。この章は、効果量の大きさを疑う手順を一つの実例で示す。
12-1 RR 5.42 というメタ解析
Ji らは、炎症性腸疾患に対する鍼灸のランダム化比較試験 43 件・4,021 例を集めた[11]。内訳は潰瘍性大腸炎 42 件、クローン病 1 件である[11]。1試験あたりの平均は 93.5 例(範囲 29〜640)であった[11]。
経口サラゾスルファピリジン(SASP)と比較した 10 試験のプール解析で、全般的有効性のリスク比は 5.42[95%CI 3.38〜8.68]、P < 0.00001、I² = 17% であった[11]。
12-2 この数字を疑う三つの手順
| 確認項目 | この解析での状況 |
|---|---|
| 比較対象は無治療か実薬か | 実薬(SASP)。第1巻の第14章のとおり、潰瘍性大腸炎の第一選択薬で、寛解率は約50%と記述されている[14] |
| 質の高い試験がどれだけあるか | 修正Jadadスケールで 4 点以上は 43 件中 3 件[11] |
| どこで、何語で発表されたか | 中国語 37 件、英語 6 件[11] |
リスク比 5.42 は、寛解率が約50%とされる第一選択薬に対して、有効率が5倍以上になったという主張である。もしこれが正しければ、炎症性腸疾患の標準治療は書き換えられていなければならない。書き換えられていない。
Ji ら自身が「本系統的レビューと収載文献の限界を踏まえると、鍼灸治療の正確な有効性について確定的な結論を導くことはできない」と述べ、方法論的質の低さ、介入とアウトカムの不均一性、対象数の不足(200 例超の試験は2件のみ)、客観的アウトカムの標準化の欠如、追跡データの乏しさ、サブグループ解析における高い出版バイアスの可能性を挙げている[11]。
実薬対照の試験で、効果量が桁違いに大きいときは、効果ではなくバイアスを疑うのが順序である。これは灸に限らない一般則だが、この領域ではとくに有用である。
実務的な目安を一つ置く。ある補完的介入が、確立した薬剤に対して2倍を大きく超える有効率を示しているメタ解析を見たら、まず含まれた試験の質と発表国の一覧を見る。そこを見ずに効果量だけを引用することは、患者に対して誠実ではない。
13粘膜治癒を見た研究はどこにあるか
第1巻の第13章で見たとおり、炎症性腸疾患の到達点は粘膜治癒である。灸の研究はそこに届いているのか。この章はその一点を追う。
13-1 鍼のメタ解析における内視鏡アウトカム
Wang らは、潰瘍性大腸炎に対する鍼のランダム化比較試験 13 件・1,030 例(各群 515 例)を解析した。13件すべてが中国で行われ、中国語で発表されている[12]。
| 比較・アウトカム | リスク比[95%CI] | 例数・試験数 | 質 |
|---|---|---|---|
| 鍼+メサラジン vs メサラジン(大腸内視鏡的有効率) | 1.33[1.04, 1.71] | 108例・2試験 | 中等度 |
| 鍼単独 vs メトロニダゾール+サラゾスルファピリジン(臨床的有効率) | 1.21[1.10, 1.34] | 318例・3試験 | 中等度 |
| 鍼単独 vs メサラジン単独(臨床的有効率) | 1.05[0.80, 1.37] | — | 非常に低い |
有害事象の発生率に群間差はなかった(13 試験中 8 試験が報告)[12]。著者らは「鍼単独も、鍼と通常治療の併用も、通常治療と比べて潰瘍性大腸炎に有効でありうる」としつつ、「バイアスのリスクが高いか不明であるため、本知見は慎重に解釈されなければならない」と述べている[12]。
最下行に注目する。鍼をメサラジン単独と比べたとき、有意差はなかった(RR 1.05[0.80, 1.37]、質は「非常に低い」)。一方、上2行では有意差が出ている。上2行は「上乗せ」か「別の薬剤との比較」である。同じレビューの中で、比較の置き方によって結論が変わる。第0章の表 0-1 が、ここでそのまま使える。
また、内視鏡的有効率のデータは 108 例・2 試験にすぎない。この領域で内視鏡を測った研究は、まだこの規模である。
13-2 灸で粘膜治癒を報告した研究
灸について粘膜治癒を評価した研究として、2026年に報告された前向き2群コホート研究がある。軽症から中等症の潰瘍性大腸炎でメサラジンを継続中の成人 123 例のうち、68 例が神闕(CV8)への「気交灸」を週3回・8週間追加し、55 例がメサラジン単独を継続した[13]。8週時点の臨床的奏効は気交灸群 67.6%、対照群 38.2% であり、寛解率と粘膜治癒率も気交灸群で高かったと報告されている[13]。ベースラインの便中カルプロテクチン、IL-6、TNF-α の高値が奏効を予測したとされる[13]。
これはランダム化比較試験ではない。著者ら自身が「前向き2群コホート研究」と記述している[13]。灸を受けるかどうかがランダムに決まっていない以上、両群の患者は最初から違う集団である可能性が残る。治療への積極性、経済的余裕、通院の余力といった要因は、いずれも予後そのものに影響する。本書はこの研究を階層Dとして扱う。
それでも、この研究には価値がある。灸の研究で内視鏡的な粘膜治癒を主要な評価に含めた、数少ない報告であるという点である。次に必要なのは、同じアウトカムをランダム化して測る試験である。
13-3 この領域の空白
炎症性腸疾患において、粘膜治癒を主要評価項目に置いた灸のランダム化比較試験は、今回の調査範囲では見出せなかった。内視鏡を測った唯一のランダム化試験(Bao ら 2014)では CDEIS に有意な変化がなく、内視鏡的改善を報告した研究は非ランダム化のコホートである。つまり2026年8月の時点で、「灸が粘膜を治す」を支える設計の研究は存在しない。
割り引き方と臨床判断
ここまで個々の試験を読んできた。この部では、この文献群全体にかかる二つの構造的な割引を扱い、最後に患者に言えることを文の形で確定する。
この部を読むと出版バイアスとGRADE表示の両方を、自分の責任で割り引けるようになる。
14中国語圏偏重という構造
本書で扱った試験の圧倒的多数は中国で行われている。これは偶然ではなく、1998年に定量され、以後くり返し確認されてきた構造である。
14-1 Vickers ら(1998)の調査
Vickers らは、Medline に収載された1966年1月から1995年6月までの抄録を対象に、二つの調査を行った[15]。一つは鍼の試験を対象とし、もう一つは中国・日本・ロシア/ソ連・台湾で発表された非鍼の試験を英語圏の発表と比較したものである。
鍼の試験について、報告はこう述べている。「中国、日本、香港、台湾を出所とする試験はすべて陽性であり、ロシア/ソ連で発表されたものも11件中10件が陽性であった」[15]。
| 発表国 | 陽性結果の割合 |
|---|---|
| 英国 | 75% |
| 日本 | 89% |
| 台湾 | 95% |
| ロシア/ソ連 | 97% |
| 中国 | 99% |
さらに、「中国またはロシア/ソ連で発表された試験のうち、検証された治療が無効であることを見出したものは一つもなかった」と記述されている[15]。著者らは「一部の国は異常に高い割合の陽性結果を発表しており」「出版バイアスが説明の一つとして考えられる」と結論している[15]。
14-2 この構造が本書の数値に何をするか
| 文献 | 中国からの試験 | それ以外 |
|---|---|---|
| Park ら 2013(IBS、20試験)[2] | 19 | 1(米国) |
| Tang ら 2016(IBS-D、7試験)[3] | 7 | 0 |
| Ji ら 2013(IBD、43試験)[11] | 中国語37 | 英語6 |
| Wang ら 2020(UC、13試験)[12] | 13 | 0 |
これは研究者個人の誠実さの問題ではない。陰性の結果が発表されにくい、という出版の構造の問題である。陰性結果が世に出なければ、系統的レビューはそれを集めることができない。集められた試験だけをプールすれば、効果量は上振れする。個々の試験に不正がなくても、集計の段階でこの歪みは生じる。
実務上の使い方は単純である。系統的レビューを読むときは、必ず「含まれた試験の発表国」の一覧を探す。それが単一国に偏っているとき、プールされた効果量は上限の見積もりとして扱い、下限は「差がない」まで開いていると考える。
これは中国の研究を排除するという意味ではない。排除すれば、この領域には読むものがほとんど残らない。読んだうえで、割り引く。それが本書の立場である。
15GRADE表示の内部矛盾を見つける
確実性の評価は、それ自体が誤りうる。この章は、査読を通った系統的レビューの中に矛盾した表示を見つけ、それを自分で判定し直す手順を示す。本書がもっとも「読む技術」に踏み込む章である。
15-1 問題の表示
Yang らは、過敏性腸症候群に対する鍼灸のランダム化比較試験 31 件・2,471 例を解析した。うち偽対照は 9 件(29%)、非盲検が 22 件(71%)である[5]。
この解析の GRADE 表(Table 2)には、次の行がある。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| アウトカム | IBS-SSS(治療終了時) |
| 統合効果 | SMD 3.46 低い[5.66 低い 〜 1.27 低い] |
| 試験数・例数 | 2試験・灸90例/対照90例 |
| GRADE 確実性 | 高(⊕⊕⊕⊕) |
| 格下げの脚注 | なし |
15-2 なぜこの表示を疑うのか
同じ論文の中に、この「高」という表示と噛み合わない記述が二つある。
一つめ。同じ「灸 vs プラセボ灸」という比較の、腹痛というアウトカムについて、この論文は SMD −2.74[95%CI −4.81 〜 −0.67]、I² = 96% と報告している[5]。同じ2件の偽対照試験から得られた、ほとんど重なり合わない結果である。
二つめ。この論文の結論部は「偽対照試験において鍼は頑健で安定したエビデンスを示しておらず、灸の結果は大きな異質性を示している。したがって、より厳密な偽対照試験が必要である」と述べている[5]。
本書は表 15-1 の「高(⊕⊕⊕⊕)」という表示を採用しない。2件・計180例、同じ比較の別アウトカムで I² が 96%、そして著者自身が結論で「大きな異質性」と述べている——これらの条件で「高い確実性」が成立することは、GRADE の枠組みでは説明できない。本書はこの比較を「確実性は低い」として扱う。
これは著者らの結論と矛盾しない。矛盾しているのは、表の表示と、同じ論文の結論の文のほうである。
この章から持ち帰るべきは、灸についての知識ではなく、読み方の習慣である。GRADE の格付けは、著者が付けた判断であって、データそのものではない。格付けの隣にある試験数と例数を必ず見る。そして格下げの脚注が付いていないかを見る。2試験しかないのに脚注が一つも付いていない「高」は、疑ってよい。
これは論文を批判するための技術ではない。自分が患者に伝える確実性を、自分の責任で決めるための技術である。本書がこの章を置いたのは、査読を経た論文であっても、表の一マスを鵜呑みにしてはならないことを、実例で示すためである。
16患者に言えること、言えないこと
本書の結論である。ここまでの16章を、施術室で実際に使える文の形に落とす。
16-1 疾患別の到達点
| 疾患 | 偽対照試験 | 言えること |
|---|---|---|
| 機能性ディスペプシア | 到達できず | 症状点数の改善は鍼と同等であった(n = 144) |
| 過敏性腸症候群 | 1件(n = 29) | 偽対照の1件は全般指標で差なし。隔物灸はプラセボ灸と差なし(n = 210) |
| 便秘 | 1件(n = 26) | 偽灸を上回る効果は検出されなかった |
| クローン病 | 1件(n = 92) | CDAI・CRP・組織像は改善。内視鏡は有意に変わらず |
| 潰瘍性大腸炎 | 1件(n = 29、鍼と分離不能) | 偽鍼群も改善し、QOLは両群に差なし |
16-2 言ってよい六つの文
本書の内容から、施術者が根拠を示して言える文を挙げる。これ以上のことを言うには、本書の調査範囲を超える文献が必要である。
- 「灸を受けた患者の症状の点数が、薬を飲んだ患者より改善したという報告は、複数あります」
- 「ただしその比較の多くは、灸を受けているかどうかを患者も施術者も知っている状態で行われています」
- 「本物の灸と、熱の伝わらない偽の灸を比べた試験は非常に少なく、私が調べた範囲では疾患ごとに1件です」
- 「クローン病では、灸と鍼を12週続けて症状の指数と血液の炎症の値、組織の所見が改善したという報告があります。ただし内視鏡の所見は有意には変わっていません」
- 「炎症性腸疾患では、灸を主治医の治療の代わりにすることはできません。定期的な内視鏡の評価を続けてください」
- 「灸で胃や腸の動きが変わるかどうかを、ヒトで客観的に測った試験には、私は到達できていません」
16-3 言ってはならない三つの文
- 「灸で腸の炎症が治ります」——粘膜治癒を主要評価項目に置いたランダム化試験は存在しない(第13章)
- 「灸で胃腸の動きが良くなります」——ヒトの客観指標のデータがない。動物では腹部への刺激は胃運動を抑制した(第1巻第15章)
- 「中国では大量の研究で効果が証明されています」——試験数の多さは根拠の強さではない(第14章)
16-4 空白リスト
次の研究者が明日着手できる粒度で、本書の調査範囲で見出せなかったものを列挙する。
- 機能性ディスペプシアに対する、偽灸対照の盲検化ランダム化試験。遮熱型の偽灸装置はすでに存在し、便秘の試験で実際に用いられている(第2章・第7章)。技術的な障害はない。
- シンチグラフィ・¹³C呼気試験・無線モチリティカプセルのいずれかで、灸の胃排出能への影響を測った試験。本書の調査範囲ではゼロ件である。
- 大腸通過時間を測った灸の便秘試験。患者の記録による指標しか用いられていない。
- 炎症性腸疾患において、粘膜治癒(内視鏡)を主要評価項目に置いた灸のランダム化試験。2026年時点で存在しない。既存の内視鏡データは、副次評価で有意差なし(Bao ら 2014)か、非ランダム化コホート(Li ら 2026)である。
- 灸と鍼を分離した試験。炎症性腸疾患の試験の多くは両者を併用しており、灸単独の寄与を取り出せない(第11章)。
- 隔物灸の刺激量を温度で報告した臨床試験。艾炷数と時間は報告されるが、皮膚温は報告されていない。第1巻の第15章で見た 41/43/45℃ という条件と、臨床試験の刺激量を突き合わせることが現時点ではできない。
- 免疫抑制下にある患者への灸の安全性を定量した研究。炎症性腸疾患の標準治療にはステロイド・免疫調節薬・生物学的製剤が含まれる(第1巻第14章)。この集団での熱傷・感染の発生率を報告した研究に到達できなかった。
本書を読み終えた読者は、消化器領域の灸について、以前より言えることが減っているはずである。それがこの二巻の目的である。
言えることが減った分だけ、言えることの確度は上がっている。「灸で腸が良くなります」と言えなくなった施術者は、代わりに「この症状はまず消化器内科で診てもらってください。そのうえで、つらさを減らす目的で灸を試すことはできます。ただし炎症そのものが灸で治るという証拠はありません」と言えるようになっている。
後者を言える施術者は、まだ少ない。それが差になる。
理解度チェック
本書の内容から13問。選択するとその場で正誤と解説が出ます。設問はすべて本文に記載した報告値・記述に対応しており、各問には該当章へのリンクを付けました。自己確認のための演習であり、資格や技能を証明するものではありません。
灸という手技に固有の効果があるかを問える設計はどれか。
偽灸対照だけが、期待・注目・通院・皮膚接触・温感といった要素を両群でそろえたうえで手技そのものを比べる設計である。A・B・C はいずれも意味のある比較だが、それらが答えるのは「灸を含む一連の関わりに価値があるか」であって、「灸という手技に固有の効果があるか」ではない。根拠:序章
機能性ディスペプシアに対して鍼と灸を直接比較した無作為化試験(Mao ら)の主要評価項目 SF-LDQ の結果はどれか。
4週時点の群間差は 0.08[95%CI −0.634〜0.794]、p = 0.826 であった。副次評価では鍼が心窩部痛と不安で、灸が食後の膨満感で優っている。この試験には偽対照アームがないため、改善の何割が手技によるものかは分離できない。根拠:第1章/[1]
灸の臨床試験で用いられる偽灸(sham)について正しいのはどれか。
艾炷の下に断熱材を入れ、外観・燃焼過程・煙は保ったまま熱の伝達だけを遮る偽灸が実在し、第7章の便秘試験で実際に用いられている。したがって偽対照試験が少ない理由は技術的な不可能性ではなく、研究の設計と資源配分の問題である。根拠:第2章・第7章/[7]
過敏性腸症候群に対する灸の系統的レビュー(Park ら 2013)に含まれた20試験について正しいのはどれか。
適切な割付隠蔽が記述されたのは 20 試験中 2 試験(10%)、適切なランダム化は 6 試験(30%)である。20 試験のうち 19 が中国、1 が米国で、盲検が不可能であった試験は 19 件であった。この10%という数字が、以降のすべての効果量にかかる割引率になる。根拠:第3章/[2]
過敏性腸症候群に対する灸の系統的レビュー(Park ら 2013)で、偽灸対照を置いた唯一の試験の結果はどれか。
米国で行われた Anastasi らのパイロット試験(29 例)が唯一の偽対照試験で、プールされた Clinical Global Impression Scale の変化は MD 0.35[−0.77, 1.47]であった。ただしこの試験自身の抄録は、症状日誌から算出した腹痛について有意な群間差を報告している。同じ試験でも、どのアウトカムを見るかで結論が変わる。根拠:第4章/[2][4]
下痢型過敏性腸症候群に対する灸のメタ解析(Tang ら 2016)で、症状別に見て有意差が示されなかったのはどれか。
腹痛は p = 0.21、便の異常は p = 0.95 で、いずれも有意差がなかった。有意になったのは腹部膨満(p = 0.02)、排便回数(p = 0.02)、症状スコア総点(p = 0.0001)である。Rome IV において腹痛は過敏性腸症候群の必須要件であり、その必須要件について差が出ていない。根拠:第5章/[3][16]
下痢型過敏性腸症候群に対する隔物灸の3群試験(Ma ら)で、薬末入りの隔物灸群とプラセボ灸群を比べた結果はどれか。
原著は4週時点について「HM群と FM群のあいだで GSRS 総点に有意差はなかった」と明記している。有意差が報告されているのは、隔物灸群と薬物群のあいだである。プラセボ灸群の GSRS 総点も 8.60 ± 0.276 から 2.93 ± 0.302 へ下がり、薬物群の 3.73 ± 0.449 より低い値を示している。薬末を入れた隔物灸と、小麦粉を入れただけの隔物灸に差がない以上、介在物の薬効を患者への説明の根拠にすることはできない。根拠:第6章/[6]
機能性便秘に対する灸の偽灸対照試験(Park ら 2011)の結果の読み方として正しいのはどれか。
排便回数の群間差は −0.25[−2.08, 1.58]、p = 0.78 であった。信頼区間が臨床的に意味のある改善も悪化も含んでいるため、この試験は差の方向すら定めていない。灸群も偽灸群も排便回数は増えており、C も誤りである。「有意差がなかった」は「差がない」ではない。根拠:第7章・第8章/[7]
クローン病に対する隔物灸の無作為化試験(Bao ら 2014)で、有意な変化が示されなかった指標はどれか。
治療群では CDAI(p = 0.000)、CRP(p = 0.007)、組織病理スコア(p = 0.002)が有意に改善した一方、CDEIS は両群とも低下したが統計的に有意ではなかった。赤沈も両群で有意差がない。CDAI の重みの大半が自己申告に置かれていることを踏まえれば、この不一致は指標の構造から予測できる帰結である。根拠:第9章・第10章/[8]
潰瘍性大腸炎に対する鍼灸のドイツの偽鍼対照試験(Joos ら 2006)の結論はどれか。
著者らは「伝統的な鍼と偽鍼の効果の差は小さく、有意であったのは主要評価項目である CAI についてのみであった」と結論している。生活の質は鍼灸群で 146 ± 23 → 182 ± 18、偽鍼群で 157 ± 20 → 183 ± 23 とどちらも改善し、群間に有意差はなかった。根拠:第11章/[10]
実薬対照の試験で灸の効果量が桁違いに大きいとき、まず取るべき順序はどれか。
Ji ら(2013)は経口サラゾスルファピリジンとの比較でリスク比 5.42[3.38〜8.68]を報告したが、修正Jadadスケールで 4 点以上の試験は 43 件中 3 件、中国語発表が 37 件であった。確立した薬剤に対して桁違いの効果量が出ているときは、まず含まれた試験の質と発表国の一覧を見る。D のように恣意的に割り引くことも正しい手順ではない。根拠:第12章/[11]
発表国と試験結果の関係を調べた Vickers ら(1998)の報告内容として正しいのはどれか。
「中国またはロシア/ソ連で発表された試験のうち、検証された治療が無効であることを見出したものは一つもなかった」と記述されている。鍼以外の介入での陽性結果の割合は英国 75%、日本 89%、台湾 95%、ロシア/ソ連 97%、中国 99% であった。これは研究者個人の誠実さではなく、陰性結果が発表されにくいという出版の構造の問題である。根拠:第14章/[15]
灸の消化器領域の研究のうち、2026年8月時点で見出せなかったのはどれか。
内視鏡を測った唯一のランダム化試験(Bao ら 2014)では CDEIS に有意な変化がなく、内視鏡的改善を報告した研究は非ランダム化のコホート(Li ら 2026)である。粘膜治癒を主要評価項目に置いた灸のランダム化比較試験は、2026年8月時点で見出せなかった。A は Wang ら 2020、B は Xu ら 2014、D は Park ら 2013 であり、いずれも実在する報告である。根拠:第13章・第16章/[8][12][13]
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引用文献
本書の記述はすべて以下の一次・二次資料に基づく。本文に到達できなかった資料はその旨を明記し、数値を引用していない。非査読の資料は本文中でその旨を示した。
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灸の臨床|消化器② エビデンスと臨床判断 第1版(2026年8月)。灸エビデンス・ライブラリ/臨床編。
本書の数値はすべて原著の報告値であり、編者による計算・推定値は含まない。到達できなかった資料の数値は引用していない。疾患の病態・診断要件・指標の構造は第1巻『灸の臨床|消化器① 病態と適応』が扱う。
第15章では、査読を経た系統的レビューの GRADE 表示について、本書の判断で確実性を読み替えている。その根拠は同章に明示した。
改版履歴:2026年8月 初版発行。