灸エビデンス・ライブラリ
Moxibustion in Obstetrics I — 病態と適応・全11章

灸の臨床|産科① 病態と適応

この妊婦に、灸をしてよいか。
どこからは、医療機関へ回すか。

第1版 2026年8月 骨盤位 / 妊娠悪阻 / 分娩 / 妊娠中の安全性 / 禁忌と連携

3分で要点だけ

本文で示した報告値のうち、この教材の骨格になる3点。

  1. 逆子は、放っておいても多くが頭位になる妊娠22〜26週で36.8%が骨盤位。分娩開始時まで残るのは4.2%である
  2. 「安全だった」という報告は、監視下で得られている入院管理・産科医との連携下の23名157回で、有害事象は2件(Grade 1)
  3. 至陰灸のあとの胎児死亡は、報告されたことがある公表された2例は、いずれも妊婦本人によるセルフ施灸だった

続けて読むなら 序章から。要点だけ確かめたい場合は 理解度チェック へ。

1枚ノート この1冊をA4 1枚に。数字3つ・臨床への翻訳・分かっていないことだけを、本文からの抜粋で。印刷して配れます。 1枚ノートを見る →

序章

灸を選ばない判断のために

本書は、産科領域で灸が「効くかどうか」を論じない。効果の話は姉妹巻『灸の臨床|産科② エビデンスと臨床判断』に収めた。本書が扱うのは、その手前にある問いである。すなわち——この妊婦の状態は何であり、標準治療は何であり、灸を行うことで何が起こりうるのか。そして、どの状態から先は施術者の手を離すべきなのか。

この部を読むと「鍼灸」と書かれた研究と「灸」の研究を、介入分類表で読み分けられるようになる。

00本書の読み方と、灸の介入分類

この章では、本書を読むための三つの道具を渡す。到達目標、エビデンスの階層、そして灸の介入分類である。とくに介入分類は、姉妹巻と共通の語彙であり、これがないと「鍼灸の研究」と「灸の研究」を読み分けられない。

0-1 本書の到達目標

本書を読み終えたとき、次の五つができるようになることを目標とする。

  1. 骨盤位・妊娠悪阻・分娩の病態と標準治療を説明できる。
  2. レッドフラッグを挙げ、医療機関へ回す判断ができる。
  3. 患者の訴えのうち、研究で測られているものと測られていないものを区別できる。
  4. この患者に灸を行う際の固有のリスクを列挙できる。
  5. リスク5段階に沿って、行う/行わない/確認する、を判断できる。

0-2 この巻では、灸の効果を扱わない

本書には、灸の矯正率も効果量も出てこない。臨床試験の対照群の数値は、自然経過を知るための材料として引用するが、介入群との比較は行わない。これは編集上の禁欲ではなく、順序の問題である。効果を語る前に、この患者に手を出してよいかが決まっていなければならない。

姉妹巻との分担

本書=この患者を診る巻(病態・訴え・安全性・禁忌・連携)。②巻=灸を評価する巻(研究一覧・介入の分解・確実性・患者説明)。②巻は疾患の解説を繰り返さず、本書へリンクで送る。機序(熱がどこまで届くか、血流がどう変わるか)は基礎編14冊が正本であり、本書はそこへ送る。

0-3 エビデンスの階層

本書が引用する知見は、次の階層のいずれかに属する。本文では、数値を示すたびに研究デザインを明記する。

表 0-1 本書で用いるエビデンス階層
階層デザイン典型的な弱点
A盲検化RCT/Cochraneレビュー/診療ガイドライン本数が少ない。偽刺激の妥当性
B健常者・患者の対照つき実験(客観指標)n が小さい。観察期間が短い
C動物実験(機序解明)刺激条件がヒト臨床と異なる
D非盲検RCT/単群前後比較/症例集積出版バイアスが大きい
E症例報告・実技者の報告(非査読を含む)分母がない。発生率を計算できない

確実性を述べるときは、Cochrane の語彙に寄せる。高い/中等度/低い/非常に低い/判断できる研究が見つからなかったの五つだけを使い、独自の言い換えはしない。

0-4 灸の介入分類(全巻共通)

臨床試験の論文で「鍼灸」と書かれているものは、灸の研究ではないことがある。本書と②巻は、次の分類を共通の語彙として用いる。

表 0-2 灸の介入分類と、灸単独の効果を判断できるか
介入扱い灸単独の効果を判断できるか
直接灸(透熱灸・知熱灸)できる
間接灸(隔物灸:生姜・塩・にんにく・附子)できる(介在物の作用は分離できない)
台座灸できる
温灸・棒灸できる
温灸器・電気温灸器灸系介入燃焼を伴わないものは灸の代理にならない
灸頭鍼鍼+灸できない
鍼+灸 併用複合介入できない
鍼のみ参考対象外(②巻 第III部で参考として扱う)
通常治療・無治療対照
偽灸対照

0-5 この教材の数字を割り引く四つの理由(短縮版)

本書は病態と安全性の巻だが、安全性の数値にも同じ割引が要る。詳細な手順は臨床編の総論に譲り、ここでは四点だけ示す。

表 0-3 産科領域の数値を読むときの四つの割引
#割引の理由本書での現れ方
1有害事象の報告が乏しい。Cochraneレビューは「有害事象は多くの試験で不十分にしか報告されていない」と明記している[1]「有害事象なし」は「起きなかった」ではなく「記録されていない」ことがある
2症例報告には分母がない。発生率を計算できない[15]第10章の症例は、頻度ではなく起こりうる事象の種類を示す
3自然経過が大きい。骨盤位は放っておいても多くが頭位化する[2]介入の前後で状態が変わっても、介入のためとは限らない
4研究の多くが中国語圏に偏り、非盲検で陽性結果に寄る本書は日本の症例集積を併記し、施術条件の近い実数を優先する
臨床への翻訳

有害事象が「報告されていない」ことと「起きていない」ことは違う。患者に安全性を説明するとき、「重篤な事象の報告は少ない」までは言えるが、「安全である」とは言えない。この差は言葉遊びではなく、同意を取る際に説明すべき内容の差である。

第I部

三つの主訴を知る

骨盤位・つわり・分娩は、患者から見れば同じ「妊娠中の困りごと」だが、医療の側から見ると性格がまるで違う。骨盤位は診断が客観的で、標準治療が確立し、期限がある。つわりは診断の閾値が国際的に定まったばかりで、標準治療が薬物である。分娩はそもそも施術者が関与する制度的な枠組みがない。この違いが、灸を考えてよい範囲を決める。

この部を読むと骨盤位・つわり・分娩それぞれの標準治療とレッドフラッグを挙げ、受診を勧める閾値を言えるようになる。

01骨盤位——頻度・自然経過・標準治療

骨盤位は、臨床編のなかでもっとも数字が揃っている主訴である。頻度も、放置したときの経過も、標準治療の効果も、大規模研究で測られている。この章では、灸を考える前に知っておくべき三つの数——いつ何%が骨盤位なのか、放っておくとどうなるか、医療は何をするのか——を押さえる。

1-1 定義と分類

骨盤位(breech presentation)
児の骨盤部が子宮の下部(骨盤入口側)を向いている胎位。日本語の日常語では「逆子」。
単殿位(frank breech)
股関節が屈曲し膝関節が伸展した状態。Term Breech Trial の主たる対象の一つ[3]
複殿位(complete breech)
股関節も膝関節も屈曲した状態。同試験のもう一つの対象[3]
足位(footling)
下肢が先進する状態。経腟分娩のリスクが高いとされ、Term Breech Trial では対象から除外された[3]

診断は超音波検査による。触診による推定は確定診断にならない。本書に登場する研究はすべて、超音波で骨盤位を確認した対象を扱っている。

1-2 いつ、何%が骨盤位か

中国・広州の単一施設で、妊娠22〜26週に超音波検査を受けた単胎妊婦 25,313 名を追跡した後ろ向きコホート研究がある(階層D)。この研究では、妊娠22〜26週の時点で骨盤位であったのは 36.8%(9,306/25,313)であり、そのうち分娩開始時にも骨盤位のままであったのは 4.2%(376/8,876)であった[2]

一方、正期産時点での骨盤位の頻度について、Term Breech Trial の報告は「妊娠の 3〜4%」と記している[3]

要点

妊娠中期には3人に1人以上が骨盤位である。そのほとんどは分娩までに頭位になる。骨盤位という状態そのものは、妊娠経過のありふれた一時点である。問題になるのは、正期産まで残る4%前後だけである。

1-3 放っておくとどうなるか——対照群が示す自然経過

灸の効果を論じない本書でも、臨床試験の対照群の数値は使える。対照群は「灸をしなかった妊婦がどうなったか」の記録だからである。妊娠33〜35週前後で骨盤位と診断された女性の、その後の頭位化率を各試験の対照群から抜き出すと次のようになる。

表 1-1 臨床試験の対照群における頭位化の実数(介入群との比較は本書では行わない)
研究(国・年)対照の内容n時点頭位
Cardini & Weixin(中国・1998)[7]通常ケア(うち24名がECVを受けた)130第35週47.7%(62/130)
同上同上130分娩時62.3%(81/130)
Vas ら(スペイン・2013)[8]通常ケアのみ正期産44.8%
Vas ら(同)[8]SP1への灸(偽灸)+通常ケア正期産43.4%
Coulon ら(フランス・2014)[9]不活性レーザー(プラセボ)164第37週2日骨盤位 63.4%
(原著は骨盤位の割合のみを報告)
Bue & Lauszus(デンマーク・2016)[10]無処置(試験期間 平均16日)試験終了時骨盤位のまま 初産 74%・経産 46%
(原著は骨盤位残存率のみを報告)

Bue らの報告では、初産婦 92 名中 68 名、経産婦 108 名中 50 名が試験後も骨盤位のままであった(74%46%、p < 0.01)[10]。すなわち経産婦のほうが自然に回りやすい。この差は Zhou らのコホートでも一致しており、経産は骨盤位遷延のリスクを下げる方向に働いた(調整オッズ比 0.39、95%CI 0.30–0.52)[2]

臨床への翻訳

33週の骨盤位妊婦に何らかの施術を行い、そのあと頭位になったとする。表1-1が示すのは、何もしなくても、その時期の対照群では 36%〜62.3% が頭位になっているという事実である。したがって施術後の頭位化を施術の成果として患者に語ることはできない。個々の症例で因果を判定する方法は、現在のところ存在しない。

1-4 標準治療(1)——外回転術(ECV)

正期産近くまで骨盤位が残った場合、産科が最初に検討するのは外回転術(external cephalic version, ECV)である。腹壁の上から用手的に児を回転させる手技であり、医師が超音波監視下に行う。

ECV の成功率を上げる補助手段については Cochrane レビューがある(25試験・2,548名、階層A)。子宮収縮抑制薬(とくにβ刺激薬)は分娩時の頭位を増やした(平均リスク比 1.38、95%CI 1.03–1.85、8試験993名)[5]

1-5 標準治療(2)——分娩様式の決定

正期産の骨盤位で経腟分娩を計画するか帝王切開を計画するかは、2000年の Term Breech Trial(26カ国121施設・2,088名、階層A)によって大きく方向づけられた[3]

表 1-2 Term Breech Trial の主要結果(Hannah ら 2000)
アウトカム予定帝王切開群予定経腟分娩群相対リスク(95%CI)
周産期死亡・新生児死亡・重篤な新生児合併症1.6%(17/1039)5.0%(52/1039)0.33(0.19–0.56)
p < 0.0001
母体死亡・重篤な母体合併症3.9%(41/1041)3.2%(33/1042)1.24(0.79–1.95)
p = 0.35
実際に帝王切開となった割合90.4%(941/1041)
実際に経腟分娩となった割合56.7%(591/1042)

オランダの全国周産期データベースを用いた観察研究(1995–1999年、正期産骨盤位児 33,824 名、階層D)も、経腟分娩および緊急帝王切開は予定帝王切開と比べて、低アプガースコアが7倍、分娩外傷が3倍、周産期死亡が2倍に増えたと報告している[4]

要点

骨盤位が正期産まで残ることの臨床的な意味は、帝王切開になるということである。母体の重篤な合併症は予定帝王切開でも経腟分娩でも有意差がなかった(表1-2)。したがって「逆子は危険だから治さなければならない」という説明は正確でない。正確には「逆子のまま正期産になると、多くの場合は帝王切開が選択される」である。

1-6 診療ガイドラインにおける灸の位置づけ

英国王立産科婦人科学会(RCOG)の Green-top Guideline No. 20a(2017年)は、骨盤位への対応を扱ったガイドラインである。同ガイドラインは灸・鍼について、ECV に優先して自然回転を促す方法として推奨すべきではないとしたうえで、妊娠33〜35週での使用を希望する妊婦がそれを検討することはありうる、という立場を示している[6]

臨床への翻訳

ガイドラインの位置づけは「ECV の代替ではない」である。したがって、骨盤位の妊婦に灸を行う場合でも、ECV を受ける機会を遅らせたり、放棄させたりしてはならない。施術の時期(33〜35週)は、ECV の実施時期(多くは36週以降)より前にある。両者は競合しない。競合させているのは施術者の説明の仕方だけである。

1-7 骨盤位のレッドフラッグ

次の所見がある場合、施術ではなく受診が先である。

  • 性器出血がある。
  • 破水が疑われる(持続的な水様帯下)。
  • 規則的な子宮収縮がある、または収縮の頻度が増えている。
  • 胎動が明らかに減った、または感じられない。
  • 腹痛が持続する。
  • 妊婦健診を受けておらず、胎位・胎盤位置・羊水量が超音波で確認されていない。
  • 切迫早産で管理中である(第7章・第8章を参照)。

最後の項目は、骨盤位に固有の重要な条件である。切迫早産の管理下にある妊婦は、施術の場が院内であるか院外であるかによって、取れる対応がまったく違う。第7章で実数とともに扱う。

02つわりと妊娠悪阻——どこからが病気か

つわりは、骨盤位とは対照的に、境界が曖昧な主訴である。ほとんどの妊婦が経験し、多くは自然に軽快する。その一方で、一部は入院と点滴を要する疾患になる。この章では、その境界がどこに引かれているのか、そして標準治療が何であるかを確認する。

2-1 頻度

英国 NIHR の医療技術評価(73研究を対象とした系統的レビュー、階層A)は、妊娠中の悪心・嘔吐(nausea and vomiting in pregnancy, NVP)が妊婦の最大 85% に生じ、その大多数はセルフマネジメントで足りると記している。もっとも重症の妊娠悪阻(hyperemesis gravidarum, HG)は妊婦の 0.3〜1.0% に生じるとされる[11]

同レビューは同時に、「NVP がどこから HG になるかについて、広く受け入れられた線引きは存在しない」と明記している[11]

2-2 妊娠悪阻の定義(Windsor 定義・2021年)

この線引きの不在に対し、2021年に国際的な多職種コンセンサスとして Windsor 定義が発表された。研究者・当事者・産科医療者ら 277 名に呼びかけたデルファイ調査(1巡目 178 名、2巡目 125 名=70%)と対面合意形成会議を経て策定され、最終案には回答者の 92% が同意した[12]

表 2-1 妊娠悪阻の Windsor 定義(Jansen ら 2021)
#基準
1妊娠初期(妊娠16週より前)に症状が始まる
2悪心と嘔吐があり、少なくとも一方が重度である
3通常どおりに食べる/飲むことができない
4日常生活が強く制限される
脱水の徴候は、定義を支持する所見(contributory)として位置づけられた
要点

Windsor 定義の四項目に、検査値は一つも入っていない。体重減少率もケトン体も、定義の要件ではない。診断は、症状の重さと生活の制限で決まる。これは施術者にとって好都合ではない。血液検査を見なくても判断できる代わりに、判断の責任が問診の精度に乗るということだからである。

2-3 重症度の測り方——PUQE

症状の重さを数値化する尺度として、PUQE(Pregnancy-Unique Quantification of Emesis)がある。悪心・嘔吐・空嘔吐(retching)という三つの身体症状の定量に基づく採点法で、より複雑な Rhodes スコアとよく相関する。妥当性の検証研究では、PUQE で測った重症度が、①ビタミン剤の服用可否 ②救急受診・入院の割合 ③医療費 ④妊婦自身の well-being 自己評価、の四つの独立したアウトカムを有意に予測した[13]

2-4 標準治療

米国産科婦人科学会(ACOG)の Practice Bulletin No. 189(2018年)は、妊娠中の悪心・嘔吐を扱った診療指針である。同指針は、この症状が妊婦と胎児の健康に影響し、生活の質を損ない、医療費と就労損失に相当程度寄与すること、そして「よくあること」として過小に扱われ、治療されないままになりやすいことを指摘している。また、症状が進行してからでは制御が難しくなるため、早期の治療が入院などのより重い合併症を防ぎうるとしている[14]

薬物・非薬物の治療選択については、上記 NIHR レビューが多数の比較を検討し、プラセボより優れると評価された介入として、生姜・抗ヒスタミン薬・メトクロプラミド(軽症)・ビタミンB6(軽症〜重症)を挙げている。重症の NVP/HG では、プロメタジンはメトクロプラミドと同等、オンダンセトロンはメトクロプラミドより有効であった。輸液は脱水の補正と症状の改善に有用である[11]

2-5 つわりのレッドフラッグ

次の所見は、施術の適応ではなく受診の適応である。

  • 水分が摂れない状態が続いている(Windsor 定義の第3項目に該当する)。
  • 体重が明らかに減少している。
  • 尿量の減少、立ちくらみ、皮膚の乾燥など脱水を疑う所見がある。
  • 症状の始まりが妊娠16週より後である(Windsor 定義の第1項目を満たさない。他疾患の鑑別が必要になる)。
  • 発熱、腹痛、頭痛、視覚異常など、悪心以外の症状を伴う。
  • すでに輸液・入院管理を受けている、または受けることが決まっている。
臨床への翻訳

つわりの相談で施術者がまず判定すべきなのは、症状の強さではなく「食べられているか、飲めているか」である。Windsor 定義がこの一項目を独立の基準として立てているのは、そこが医療の必要性の分かれ目だからである。「つらいが飲めてはいる」と「飲めていない」の間に、施術と受診の線がある。

03分娩——鍼灸師が関与しうる範囲の外側

この章は短い。分娩は、本書が扱う三つの主訴のなかで唯一、施術者が関与する制度的な枠組みを持たない領域だからである。それでも章を置くのは、「関与できない」ことを明示しないと、隣接する話題との境界が曖昧になるためである。

3-1 分娩期に起きていること

分娩は、子宮頸管の熟化・子宮収縮・児の下降が同時進行する過程であり、その進行と胎児の状態は連続的な監視の対象になる。監視の主体は医師・助産師であり、監視の道具は分娩監視装置(cardiotocogram, CTG)と内診である。これは施術者が単独で判断できる情報ではない。

3-2 分娩に関する灸の位置づけ

分娩の誘発・所要時間・分娩痛を主要アウトカムとして灸を検証した対照試験は、今回の調査範囲では見出せなかった。この空白の詳細と、なぜそう言えるのかの根拠は②巻 第3章で扱う。

本書の立場から言えることは一つである。分娩期の管理に関与する根拠は、灸には現時点で存在しない。分娩の進行を早める、痛みを和らげる、といった目的で分娩期に施術を行うことは、本書の適応範囲の外にある。

3-3 「分娩」という語で括られてしまう別の話題

読者が混同しやすい隣接領域を、ここで分けておく。

表 3-1 「分娩」に隣接するが別の論点
話題本書での扱い
妊娠中の骨盤位に対する施術(33〜35週)本書の対象。第1章
分娩期(陣痛開始後)の施術対象外。根拠となる灸の試験が見出せなかった
分娩後・産後(乳汁分泌・回復)本書の対象範囲外(2026年8月の編集方針として、産科①②では扱わない)
骨盤位試験の副次アウトカムとして報告された分娩関連の項目②巻 第2章で、あくまで骨盤位試験の副次アウトカムとして扱う
臨床への翻訳

「安産のお灸」という言い方は、日本の施術現場に古くからある。しかしそれが指している内容——分娩の進行を助ける、痛みを軽くする——について、本書が到達できた対照試験は存在しない。患者に対しては、この空白を空白として伝える以外にない。伝統的に行われてきたことと、効果が測られていることは、別の事実である。

第II部

患者は何に困っているのか

臨床試験は、測れるものを測る。患者は、困っていることを訴える。この二つは重ならない。第II部では、両者を並べて対応表を作る。すると「研究があるのに患者の訴えに答えられない」場所が可視化される。

この部を読むと患者の訴えのうち、研究で測られているものと測られていないものを分けられるようになる。

04訴えを分解する

「逆子が心配です」という一文には、少なくとも四つの層が畳み込まれている。層を分けないと、どこに施術が関与しうるのかが決まらない。

4-1 四つの層

表 4-1 訴えの四層構造
骨盤位の場合つわりの場合
疾患・状態児が骨盤位である(超音波所見)妊娠に伴う悪心・嘔吐がある
症状症状はない。骨盤位そのものは無症候である悪心・嘔吐・空嘔吐[13]
生活への支障予定の変更、里帰りの計画、就労の調整食事が摂れない、通勤できない、家事ができない[12]
QOL・心理帝王切開への不安、「自分のせいか」という自責孤立感、周囲に軽く扱われる経験[14]

骨盤位の欄で目を引くのは、症状の層が空白であることである。骨盤位は、妊婦本人には何の自覚症状も引き起こさない。妊婦が困っているのは、骨盤位そのものではなく、その先に予定されている分娩様式と、それに伴う不確実性である。

4-2 つわりで訴えられていること

Windsor 定義の四項目のうち二つ——「通常どおりに食べる/飲むことができない」「日常生活が強く制限される」——は、症状そのものではなく生活への支障を記述している[12]。診断基準がこの層を採用したこと自体が、この疾患の中心が生活の破綻にあることを示している。

ACOG は、この症状が「よくあること」として最小化され、結果として治療されないままになりやすいと指摘している[14]。すなわち、訴えが受け止められないこと自体が、この疾患の臨床像の一部である

臨床への翻訳

骨盤位の妊婦に対して施術者ができる最初のことは、施術ではなく、層を分けて確認することである。「何が心配ですか」と聞き、帝王切開そのものへの不安なのか、里帰りの日程なのか、自責なのかを分ける。この分解を経ずに施術に入ると、施術の目標が「回すこと」だけになり、回らなかったときに患者に残るものが何もなくなる。

05研究が測っているもの、測られていない訴え

この章の表は、本書のなかでもっとも重要な一枚である。左に患者の訴え、右に研究が測っているアウトカムを置くと、両者が対応していない場所が見える。そこが、施術者が「分かりません」と言うべき場所である。

5-1 骨盤位——研究が測っているもの

Cochrane レビュー(13試験2,181名)が設定したアウトカムは、児の分娩時胎位、ECV の必要性、分娩様式、周産期の罹病率と死亡率、母体合併症、母体満足度、有害事象である[1]。実際に複数試験のデータが集まったのは、次の項目である。

表 5-1 骨盤位——訴えと、研究が測っているアウトカムの対応
患者の訴え・関心対応する研究アウトカムデータの有無
頭位に戻ってほしい分娩時の非頭位複数試験あり(7試験1,152名)[1]
帝王切開を避けたい帝王切開率複数試験あり(6試験1,030名)[1]
ECV を受けずに済ませたいECV の必要性あり(4試験692名)。ただし試験間のばらつきが大きい(I² = 78%)[1]
赤ちゃんに害がないか臍帯血 pH < 7.11試験212名のみ[1]
早く生まれてしまわないか前期破水3試験402名のみ[1]
施術がつらくないか有害事象再解析可能な形で報告したのは1試験122名のみ[1]
不安をどうにかしたい母体満足度レビューの主要結果として集計されていない
自責の念対応するアウトカムがない
里帰り・就労の予定が立たない対応するアウトカムがない

5-2 つわり——研究が測っているもの

妊娠中の悪心・嘔吐に対する鍼灸を対象とした系統的レビュー(21試験2,392名)では、主要な評価指標として「総有効率」、中医証候スコア、PUQE スコアが用いられている[1][11]。このうち「総有効率」は中国語圏の臨床研究に特有の複合指標であり、その内訳の定義は研究ごとに異なる。詳細は②巻 第3章で扱う。

表 5-2 つわり——訴えと、研究が測っているアウトカムの対応
患者の訴え対応する研究アウトカムデータの有無
吐き気を軽くしたいPUQE スコア[13]あり(ただし灸を用いた試験は少数)
食べられるようになりたい灸の試験でアウトカムとして設定されたものを見出せなかった
入院を避けたい救急受診・入院率(PUQE の妥当性検証では測られている[13]灸の試験では見出せなかった
仕事を続けたい対応するアウトカムがない

5-3 分娩

分娩を主要アウトカムとした灸の対照試験を見出せなかったため、この主訴については対応表を作ることができない(第3章)。

臨床への翻訳

表5-1の下段——自責、予定の不確実性、不安——には、対応する研究アウトカムがない。これは「効果がない」ではなく「測られていない」である。施術者はここで二つの誤りを犯しうる。一つは、測られていないことを効果として語ること。もう一つは、測られていないから何もできないと考えることである。測られていない領域に対しては、効果を主張せずに関わるという第三の道がある。話を聞くこと自体は、効果を主張しなければ、誠実さを損なわない。

第III部

安全性——妊婦に灸をする危険

第III部は、灸そのものが持つ危険(熱傷・煙・臭気)と、妊娠という状態に固有の危険(子宮収縮・切迫早産・胎児の状態)を分けて扱う。前者は基礎編『お灸の安全性』が正本であり、本書はそこに妊娠という条件を掛け合わせる。後者は本書が正本である。

この部を読むと灸の一般的な危険が、妊婦では何によって許容度を変えるのかを説明できるようになる。

06灸そのものの危険は、妊婦で何が変わるか

熱傷・煙・臭気という灸の一般的な危険は、妊婦では発生機序が変わるわけではない。変わるのは許容度である。同じ事象が、妊婦では別の結果につながりうる。

6-1 灸の有害事象の全体像

灸の有害事象を症例報告から集めた系統的レビューがある(6カ国24論文・64症例、階層E)。報告された事象は、アレルギー、熱傷、感染、咳嗽、悪心、嘔吐、胎児機能不全、早産、基底細胞癌、眼瞼外反、色素沈着、そして死亡に及ぶ。同レビューは、体位、施灸時間、艾と皮膚の距離、施術者の習熟度、患者の状態、煙の有無、そして施術環境までが安全性に影響しうると述べている[15]

内訳は、熱傷 43 例、アレルギー 7 例、感染 6 例、胎児への傷害 2 例、その他 6 例であった[15]

この数値の限界

これは症例報告の集積であり、分母がない。「64例」は世界で64例しか起きていないという意味ではなく、論文として報告され、このレビューに拾われたのが64例だという意味である。発生率はこの数値から計算できない。

6-2 妊婦で許容度が変わる三つの事象

表 6-1 灸の一般的な有害事象と、妊娠という条件
事象一般の患者での問題妊婦で変わること
熱傷・低温熱傷創傷、瘢痕、二次感染施灸部位が至陰(第5趾)であり、妊娠後期は妊婦自身が足先を目視・触知しにくい。セルフ灸の場合、熱さの知覚と患部の確認の両方が制約される
煙・臭気不快、咳嗽、環境への配慮悪心を誘発しうる。妊娠悪阻の患者では症状を悪化させる方向に働く可能性がある。骨盤位の試験でも「不快な臭気」が有害事象として報告されている[1]
体位の保持妊娠後期の仰臥位は仰臥位低血圧症候群のリスクとなる。日本の症例集積では左側臥位が安全な施術姿位と考えられたと結論されている[17]

6-3 煙の有無は結果を変えるか

日本で行われた3群のパイロット試験(準実験デザイン、各群20名、階層D)は、有煙灸・無煙灸・対照を比較している。妊娠33〜35週の単胎骨盤位妊婦を対象に、至陰へ20分の刺激を1日1〜2回、10〜14日間行った[22]。この試験は効果の検証を主目的としており、結果の詳細は②巻で扱う。本書が引くのは安全性に関する記述であり、著者らは灸は安全であり、周産期の罹病・死亡と関連しなかったと報告している[22]

臨床への翻訳

妊婦への施灸で最初に確認すべきは、経穴でも壮数でもなく体位である。妊娠後期に仰臥位を長く保たせない。日本の症例集積が左側臥位を推奨しているのは、施術の効果ではなく妊婦の循環動態を理由としている[17]。また、悪心の強い妊婦に有煙灸を用いる判断は、症状を悪化させうるという前提で行う。

07妊娠に固有の危険——日本の実数

この章が本書の中核である。妊婦に灸をしたとき、妊娠に固有の何が起こりうるのか。そして実際にどれくらいの頻度で起きているのか。日本の医療機関に併設された鍼灸部門からの症例集積が、この問いに対して最も条件の近い数値を提供している。

7-1 起こりうる事象の種類

子宮収縮の誘発
Cochrane レビューが列挙した有害事象に「子宮収縮」が含まれる[1]。切迫早産の管理下にある妊婦では、これは治療目標に反する方向の変化である。
胎動の増加
同レビューは「胎動の増加」を有害事象として列挙している[1]。ただし、至陰への灸が胎動を増やすことは古くから作用機序の仮説として語られてもおり、同じ現象が目的にも有害事象にもなりうる点に注意が要る。
胎児機能不全
症例報告レビューに、灸との関連が示唆された胎児機能不全・胎児死亡・早産が計2例収載されている[15]。第10章で個別に扱う。
悪心・頭痛・腹痛
Cochrane レビューが列挙した有害事象に含まれる[1]

7-2 日本の症例集積——外来を含む全体像

日本の医療機関の産婦人科で骨盤位と診断され、同院の鍼灸部門で治療を受けた妊婦 371 名を対象とした調査がある(2021年、階層D)。この報告における施術回数あたりの有害事象の発生頻度は 1.1%(21件/1,916回)であった[17]。同報告は、左側臥位が安全な施術姿位と考えられること、および産科医との十分な連携が必要であることを結論としている[17]

7-3 日本の症例集積——入院中の切迫早産妊婦

より高リスクの集団を対象とした後ろ向き調査が2024年に報告されている(階層D)。対象は入院中の切迫早産妊婦で骨盤位に対する鍼灸治療を受けた 23 名、総のべ施術回数 157 回、一人あたりの施術回数は中央値 7 回であった。全例が標準的な切迫早産の管理を受けていた[18]

表 7-1 入院中の切迫早産妊婦における鍼灸治療の安全性(武田ら 2024・n = 23)
調査項目結果
施術後24時間以内の子宮収縮回数有意な増加を認めなかった
分娩までの胎児の状態(NST)non-reactive と評価された例はなかった
施術後24時間以内の切迫早産治療薬の投与量有意な増量を認めなかった
ただし個別には施術後24時間以内にリトドリン塩酸塩が増量されていた施術が 2 回あった
有害事象2 件(いずれも Grade 1)。施術回数あたり 1.3%(2件/157回)

著者らの結論は「調査対象においては、胎児機能不全の兆候および子宮収縮の増悪を認めなかった。当科の鍼灸治療の方法においては、母体や胎児に悪影響を与える可能性は低いと考えられた」である[18]

この結論の射程

この報告が示しているのは、入院管理下で、産科医と連携し、NST で監視できる環境において、23名・157回の施術で重篤な事象がなかったという事実である。著者ら自身が「当科の鍼灸治療の方法においては」と限定している。院外の施術所で、監視のない状態で行う施術に、この安全性はそのまま移らない。

7-4 胎児の状態を直接測った報告

スイスの研究チームは、骨盤位に対する灸の RCT に組み入れた最初の12名について、分娩監視装置による追加監視を行った(階層B)。各セッションの前10分・施術中20分・後10分を記録し、計 65 件の分娩監視記録を3名の独立した読影者が Fischer スコアで評価した。結果は全記録が 0〜10 のスケールで 8 以上であり、いずれも正常と判定された。母体の血圧にも変化はなく、母体・胎児のいずれにも有意な副作用は観察されなかった[20]

7-5 妊娠中の鍼灸全体の有害事象

妊娠中の鍼灸の安全性を扱った系統的レビュー(105研究、階層A)がある。詳細な有害事象を報告していたのは 25 研究(27論文、25.7%)のみであった。因果関係が確実・可能性が高い・可能性がある、と評価された有害事象はすべて軽度〜中等度であり、最も頻度が高かったのは刺鍼時の痛みであった。重篤な有害事象や死亡は少数で、いずれも鍼灸によるものとは考えにくいと判定された。有害事象の発生率は全体で 1.9%、因果関係があると評価されたものに限れば 1.3% であった[16]

読み方の注意

この系統的レビューは鍼と灸をまとめて扱っている。最も多かった有害事象が「刺鍼時の痛み」であることからも分かるとおり、この 1.9% という数字を灸単独の発生率として読むことはできない。また同レビューは、分娩・中絶・生殖補助医療・産後を対象とした研究を除外している[16]

臨床への翻訳

安全性について患者に説明できる内容は、確実性の順に次の三段である。①入院管理下・産科医との連携下では、23名157回で重篤な事象の報告がない[18]。②外来を含む371名1,916回で、施術回数あたり1.1%の有害事象が記録されている[17]。③世界の症例報告には、灸との関連が示唆される胎児死亡・早産の報告が存在する[15]。この三つを順に伝えることが、「安全です」と言うことよりも誠実であり、かつ患者の判断材料になる。

第IV部

禁忌と連携の判断

第IV部は、ここまでの事実を判断に変換する。全項目をリスク5段階で格付けし、中止基準と受診勧奨の閾値を定め、最後に公表された症例で検算する。

この部を読むとリスク5段階に沿って、行う/行わない/確認するを判断し、中止基準を患者に渡せるようになる。

08リスク5段階による格付け

「注意する」で終わる注意喚起は、臨床では機能しない。何をするのかが書かれていないからである。本章では、産科領域の全項目を五つの段階のいずれかに格付けする。

8-1 五つの段階

表 8-1 リスクの5段階(全巻共通)
段階表記意味
1行わない実施しない
2原則行わない例外は理由を記録できる場合のみ
3医師等への確認が必要確認が取れるまで保留
4施術者が状態を確認して判断確認項目を明記する
5通常どおり可能一般的注意のみ

8-2 産科領域の格付け

下表の「根拠の種類」欄に注意されたい。実証(研究に基づく)と慣習(伝統的に言われてきた)を分けて示す。実証と書けない項目が多いことは、それ自体が本書の所見である。

表 8-2 産科領域の項目別リスク格付け
状態・条件段階行うこと根拠の種類
性器出血がある1 行わない受診を勧める慣習+一般的な産科管理
破水が疑われる1 行わない受診を勧める慣習+一般的な産科管理
胎動の減少・消失を訴えている1 行わないただちに受診を勧める慣習+一般的な産科管理
分娩期(陣痛開始後)である1 行わない根拠となる試験が見出せなかった(第3章)
妊婦健診を受けておらず、超音波での胎位確認がない2 原則行わない受診と胎位確認を先行させる実証(本書の全研究が超音波確認例を対象としている[1]
水分が摂れていない(Windsor 定義第3項目に該当)2 原則行わない受診を勧める実証[12]
切迫早産で入院管理中である3 医師等への確認が必要主治医の許可と監視体制を確認する。院外では原則行わない実証(23名157回の報告はすべて入院管理下である[18]
切迫早産で外来管理中・内服中である3 医師等への確認が必要主治医に照会する実証+外挿[17][18]
前置胎盤・低置胎盤の指摘がある3 医師等への確認が必要主治医に照会する慣習(本書が到達した灸の研究に該当例の記載がない)
多胎妊娠である3 医師等への確認が必要主治医に照会する実証(本書の全研究が単胎を対象としている[1][8][9]
骨盤位・妊娠33〜35週・単胎・合併症なし4 施術者が状態を確認して判断体位(左側臥位)、施灸部位の皮膚、胎動の自覚、次回健診の日程を確認する実証[8][17]
妊娠36週以降の骨盤位4 施術者が状態を確認して判断ECV の予定を確認し、それを妨げない実証(RCOG[6]
つわりで、食事・水分は摂れている4 施術者が状態を確認して判断体重の推移と摂取状況を確認する。煙が悪心を強めないか確認する実証[12][1]
セルフ灸を希望している4 施術者が状態を確認して判断第9章の指導項目を満たしたうえで渡す。妊娠後期は足先の目視が困難であることを前提に指導する実証(Engel 1992 が「綿密な医学的追跡なしのセルフ灸には適さない」と結論[21]
本書の所見

表8-2の「根拠の種類」欄で「慣習」と書かざるを得なかった項目が4件ある。前置胎盤、性器出血、破水、胎動減少である。これらは産科の一般的な管理としては当然の対応だが、灸を行った場合に何が起きるかを検証した研究は見出せなかった。慣習に従うことは正しいが、慣習であることを知らずに従うのは、根拠を問われたときに答えられない。

09中止基準と、医療機関へ回す閾値

施術を始めてよいかの判断(第8章)と、始めた施術をやめる判断は別である。この章では、中止の基準と、その場で受診を勧める閾値を示す。

9-1 施術中に中止する

次のいずれかが施術中に生じたら、その場で施術を中止する。

  • 規則的な、または強い子宮収縮を妊婦が自覚した。Cochrane レビューが列挙した有害事象に子宮収縮が含まれる[1]
  • 持続する腹痛が出現した[1]
  • 性器出血、または破水を疑う所見が出現した。
  • 強い悪心・嘔吐が出現した[1]
  • 気分不良、動悸、めまいが出現した。妊娠後期の仰臥位では体位を変える[17]
  • 施灸部位に、水疱形成など予定していない皮膚変化が生じた[15]

9-2 施術後24時間の観察項目

入院中の切迫早産妊婦を対象とした報告では、施術後24時間以内の子宮収縮回数と切迫早産治療薬の投与量が調査項目とされ、いずれも有意な増加・増量は認められなかった。ただし個別には、施術後24時間以内にリトドリン塩酸塩が増量された施術が2回あった[18]。この報告の設計は、そのまま施術後の観察項目として使える。

表 9-1 施術後24時間の観察項目(武田ら 2024 の調査項目に準拠)
項目患者に確認すること
子宮収縮お腹の張りの回数が、施術前と比べて増えていないか
胎動いつもと比べて減っていないか
出血・帯下出血、または水様の帯下がないか
服薬(該当者のみ)薬の量が変わっていないか。変わった場合は施術との時間関係を記録する
施灸部位水疱・発赤・疼痛が残っていないか

9-3 その場で受診を勧める閾値

次に該当したら、施術の継続・中止を論じる前に受診を勧める。

表 9-2 受診勧奨の閾値
所見勧める受診の緊急度
胎動の減少・消失ただちに
性器出血ただちに
破水を疑う持続的な水様帯下ただちに
規則的な子宮収縮が続くただちに
持続する腹痛ただちに
水分が摂れない状態が続く(Windsor 定義第3項目[12]その日のうちに
体重減少、尿量減少、立ちくらみ(脱水を疑う)その日のうちに
悪心の始まりが妊娠16週より後[12]次回健診を待たずに相談
妊娠36週以降で骨盤位のままだが、ECV について説明を受けていない次回健診で確認するよう勧める[6]

9-4 連携がもたらすもの

日本の一施術所からの報告(2020年、階層D)は、医師から骨盤位矯正を目的に鍼灸院へ紹介がある体制について検討している。2009年2月から2010年12月に治療を受けた 188 例(平均年齢 32.2 ± 3.9 歳)を対象とし、平均治療回数は 1.5 ± 0.9 回であった。同報告は、病鍼連携がある場合に骨盤位診断妊娠週数・初診時妊娠週数・治療開始期間が有意に短縮されたと述べている[19]

この報告の読み方

この報告が示しているのは連携によって患者が早く来るということであり、灸が効くということではない。矯正率の数値も併せて報告されているが、対照群のない単群の集計であるため、本書では効果に関する数値を引用しない。②巻 第10章で研究デザインとともに扱う。

臨床への翻訳

受診勧奨は、施術者にとって「手放すこと」に見えるが、実際には逆である。表9-2の項目を明示的に伝えておくと、患者は異常があったときに施術者にも連絡するようになる。何を異常とするかを共有していない関係では、患者は黙って来なくなる。中止基準を渡すことは、関係を切ることではなく、続けるための条件である。

10症例——公表された有害事象報告

本章の症例はすべて、公表された文献からの引用である。本書は架空の症例を作らない。年齢・経過・所見は原著の記載のままとし、原著が匿名化している範囲を超えて具体化しない。各症例は、原著の経過を途中で止めて問いを立て、そのあとに原著の実際の経過を示す形式で提示する。

10-1 症例1——至陰灸後に胎児母体間輸血が判明した例

【症例】初妊婦(出典:Engel K, Gerke-Engel G, Gerhard I, Bastert G. Geburtshilfe Frauenheilkd. 1992;52(4):241-3.[21]

経過(原著の記載のまま)。子宮底部から前壁にかけて胎盤が付着した初妊婦。至陰(BL 67)への灸を反復して行い、妊娠39週に頭位への回転が確認された。

ここで問い

妊娠39週、灸によって頭位への回転が確認された。この時点で、施術者は次に何を確認すべきか。

原著のその後。定期的な胎児心拍監視で洞様(sinusoidal)パターンと高度の徐脈(severe decelerations)が認められ、ただちに帝王切開が施行された。300 mL の胎児母体間大量輸血(fetomaternal macrotransfusion)が判明した。原著はこの合併症を踏まえて本法のリスクを論じ、「灸は、綿密な医学的追跡なしのセルフセラピーとしては適さないと思われる」と結論している[21]

表 10-1 症例1が示すこと/示さないこと
示すこと示さないこと
至陰灸の後に、胎児心拍異常を伴う重篤な事象が起こりうる灸が胎児母体間輸血の原因であること(症例報告は因果を証明しない)
回転が確認されたことは、経過観察の終わりではないこの事象の発生頻度(症例報告に分母はない)
原著自身が、監視のないセルフ灸を不適当としている妊娠33〜35週の施術にこの経過が当てはまること(本例は39週である)

10-2 症例2・3——症例報告レビューに収載された2例

次の2例は、灸の有害事象の系統的レビュー[15]に収載されたものである。本書は原著(いずれも中国語の雑誌)に到達できていない。したがって以下はレビューの記載に基づくものであり、原著の一次記述としては扱わない。

表 10-2 症例報告レビューに収載された産科関連の2例(Xu ら 2014 の記載による)
症例2症例3
出典(レビューの文献表による)Cai Y. Journal of Heilongjiang TCM. 1999;(2):49.Su X. Modern Journal of Integrated Traditional Chinese and Western Medicine. 1999;8(3):477.
患者26歳・妊娠8か月妊娠29週
治療目的骨盤位骨盤位
方法至陰(BL 67)への灸灸と胸膝位の併用
実施者本人(セルフ施灸)本人(セルフ施灸)
経過骨盤位と診断され、至陰への灸による自己治療を指示された。3回目の治療の開始から約10分後に胸部絞扼感・動悸・めまい・嘔吐・胎動増加。臍帯頸部巻絡と胎児機能不全の診断で入院。酸素投与と薬物療法で改善せず、入院3時間後に胎児死亡治療の7時間後に持続する下腹部痛が出現し増強。3時間後に多量の清明な液が腟から流出し、続いて娩出物が腟内に嵌頓。緊急の診察で、児は骨盤位のまま不全に娩出され、すでに窒息により死亡していた
レビューによる因果関係の評価可能性あり(possible)考えにくい(unlikely)
この2例の扱い

本書はこの2例を孫引きであることを明示したうえで掲載している。原著(いずれも中国語)の一次記述を確認できていないため、年齢・週数・経過の細部は本書の責任において検証されていない(レビュー本文の記載とは照合した)。掲載する理由は、頻度を示すためではなく、「至陰灸の後に胎児死亡が報告されたことがある」という事実を、施術者が知らないままでいるべきではないと判断したためである。因果関係については、レビュー自身が1例を「考えにくい」と評価している。そして2例とも、実施者は妊婦本人である。この点は、症例1の原著が「綿密な医学的追跡なしのセルフ灸には適さない」と結論していること[21]と一致する。

10-3 症例4——日本の入院管理下で記録された有害事象

個別症例としてではなく、症例集積のなかで記録された有害事象として、次の報告がある。入院中の切迫早産妊婦23名・のべ157回の施術において、鍼灸治療による有害事象は2件(いずれも Grade 1)であり、施術回数あたりの発生頻度は 1.3% であった。また施術後24時間以内にリトドリン塩酸塩が増量されていた施術が2回あった[18]

表 10-3 症例4が示すこと/示さないこと
示すこと示さないこと
高リスク集団でも、監視下では Grade 1 の事象にとどまった記録がある院外・監視なしの施術でも同じ結果になること
薬剤の増量という「施術と時間的に近接した医療上の変化」が記録として拾われているその増量が施術によるものであること(著者らは有意な増量はなかったと述べている)

10-4 見出せなかった症例

妊娠悪阻に対する灸、および分娩期の灸について、個別の公表症例報告を今回の調査範囲では見出せなかった。したがって本書はこの2領域について症例を掲載しない。架空の症例による代替は行わない。

臨床への翻訳

症例1が示す最も実務的な教訓は、「回った」で終わらせないことである。原著では、頭位への回転が確認されたあとに胎児心拍異常が見つかっている。施術者が患者に伝えるべきは「回りましたね」ではなく、「回ったかどうかは健診で確認してください。そして、胎動が減ったらすぐに受診してください」である。回転の確認も、その後の管理も、施術者の担当範囲ではない。

巻末

この領域の適応の現在地

本書で確認した事実を、1枚に畳む。②巻はこの表の右端——「灸に何が言えるか」——を埋めるための巻である。

この部を読むとこの領域で根拠が「実証」なのか「慣習」なのかを、項目ごとに区別できるようになる。

11この領域の適応の現在地

本書が到達した範囲で、産科の三領域について「適応をどう考えるか」を一覧にする。効果の確実性は本書の担当ではないため空欄とし、②巻に送る。

表 11-1 産科三領域の適応の現在地(2026年8月時点)
領域標準治療灸を考えてよい範囲本書が示した最大の制約
骨盤位ECV[5]、および正期産では予定帝王切開[3]妊娠33〜35週・単胎・合併症なし・超音波で胎位確認済み・ECV を妨げない[6]自然回転が大きい。対照群で報告された頭位化率は 36%〜62.3% の幅にある[7][8][9][10]
つわり・妊娠悪阻生姜・ビタミンB6・抗ヒスタミン薬ほか。重症では輸液[11]Windsor 定義の第3項目(食べられない・飲めない)に該当しない範囲[12]公表症例報告を見出せなかった。灸の煙が悪心を強めうる[1]
分娩産科・助産の管理下にある本書は適応を認めない(第3章)灸の対照試験を見出せなかった

11-2 本書で分かっていないと書いた場所の一覧

表 11-2 本書の空白リスト
#空白の内容該当章
1分娩の誘発・所要時間・分娩痛を主要アウトカムとした灸の対照試験を見出せなかった第3章
2妊娠悪阻に対する灸の個別の公表症例報告を見出せなかった第10章
3骨盤位の訴えのうち、自責・予定の不確実性・不安に対応する研究アウトカムがない第5章
4前置胎盤・性器出血・破水・胎動減少の各条件で灸を行った場合に何が起きるかを検証した研究を見出せなかった(表8-2で「慣習」と記した4項目)第8章
5院外の施術所で監視のない環境における妊婦への施灸の安全性を、前向きに調査した報告を見出せなかった第7章
6多胎妊娠の妊婦を対象に含めた灸の研究を見出せなかった第8章
7妊娠中の禁忌経穴とされる経穴について、灸を用いてその禁忌の妥当性を検証した研究を見出せなかった第8章

空白5と空白7は、実務への影響がとくに大きい。空白5は、本書が引用できた最も条件のよい安全性データ(武田ら 2024)がすべて病院内・産科医との連携下で得られたものである以上、院外の施術にそのまま適用できないことを意味する[18]。空白7は、施術者が日常的に用いている「妊娠中は避ける経穴」という判断が、実証ではなく慣習に基づいていることを意味する。

臨床への翻訳

本書を読み終えた読者が明日から変えられることは、三つある。①施術前に、超音波での胎位確認と妊婦健診の受診状況を必ず聞く(表8-2)。②施術体位を左側臥位にする[17]。③表9-2の受診勧奨の閾値を、初回に文書または口頭で患者へ渡す。この三つは、効果の有無にかかわらず、今日から実行できて、患者の安全に直接寄与する。

演習

理解度チェック

本書の内容から7問。選択するとその場で正誤と解説が出ます。設問はすべて本文に記載した報告値・記述に対応しており、各問には該当章へのリンクを付けました。自己確認のための演習であり、資格や技能を証明するものではありません。

第I部三つの主訴を知る3問
Q01 出典:第1章

骨盤位のうち、股関節が屈曲し膝関節が伸展した状態はどれか。

Q02 出典:第1章

正期産の骨盤位に対する標準治療はどれか。

Q03 出典:第2章

妊娠中の悪心・嘔吐(NVP)と妊娠悪阻(HG)の頻度として報告されているのはどれか。

第II部患者は何に困っているのか1問
Q04 出典:第4章

骨盤位の患者の訴えを層に分けたとき、空白になるのはどの層か。

第III部安全性2問
Q05 出典:第7章

妊婦への施灸で、妊娠に固有の有害事象として挙げられているのはどれか。

Q06 出典:第9章

妊婦への施術中に生じた場合、その場で施術を中止すべきなのはどれか。

第IV部・巻末禁忌と連携/空白1問
Q07 出典:第11章

つわり・妊娠悪阻に対する灸のエビデンスにおける最大の制約はどれか。

解答ずみ 0 / 7
付録

引用文献

本書の記述はすべて以下の一次・二次資料に基づく。本文に到達できなかった資料はその旨を明記し、数値を引用していない。

  1. Coyle ME, Smith C, Peat B. Cephalic version by moxibustion for breech presentation. Cochrane Database Syst Rev. 2023;5(5):CD003928. PMC10167788
  2. Zhou Z, Wu J, Zhang G, Yang J. Spontaneous cephalic version and risk factors for persistent breech presentation: a longitudinal retrospective cohort study. J Matern Fetal Neonatal Med. 2022;35(25):9452-9459. PMID 35236215
  3. Hannah ME, Hannah WJ, Hewson SA, Hodnett ED, Saigal S, Willan AR. Planned caesarean section versus planned vaginal birth for breech presentation at term: a randomised multicentre trial. Lancet. 2000;356(9239):1375-1383. PMID 11052579
  4. Rietberg CC, Elferink-Stinkens PM, Brand R, van Loon AJ, Van Hemel OJ, Visser GH. Term breech presentation in The Netherlands from 1995 to 1999: mortality and morbidity in relation to the mode of delivery of 33824 infants. BJOG. 2003;110(6):604-609. PMID 12798480
  5. Cluver C, Hofmeyr GJ, Gyte GM, Sinclair M. Interventions for helping to turn term breech babies to head first presentation when using external cephalic version. Cochrane Database Syst Rev. 2012;1:CD000184. PMID 22258940
  6. Royal College of Obstetricians and Gynaecologists. External Cephalic Version and Reducing the Incidence of Term Breech Presentation. Green-top Guideline No. 20a. 2017. rcog.org.uk
  7. Cardini F, Weixin H. Moxibustion for correction of breech presentation: a randomized controlled trial. JAMA. 1998;280(18):1580-1584. PMID 9820259
  8. Vas J, Aranda-Regules JM, Modesto M, et al. Using moxibustion in primary healthcare to correct non-vertex presentation: a multicentre randomised controlled trial. Acupunct Med. 2013;31(1):31-38. PMID 23249535
  9. Coulon C, Poleszczuk M, Paty-Montaigne MH, et al. Version of breech fetuses by moxibustion with acupuncture: a randomized controlled trial. Obstet Gynecol. 2014;124(1):32-39. PMID 24901279
  10. Bue L, Lauszus FF. Moxibustion did not have an effect in a randomised clinical trial for version of breech position. Dan Med J. 2016;63(2):A5199. PMID 26836801
  11. O'Donnell A, McParlin C, Robson SC, et al. Treatments for hyperemesis gravidarum and nausea and vomiting in pregnancy: a systematic review and economic assessment. Health Technol Assess. 2016;20(74):1-268. PMID 27731292
  12. Jansen LAW, Koot MH, Van't Hooft J, et al. The Windsor definition for hyperemesis gravidarum: A multistakeholder international consensus definition. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2021;266:15-22. PMID 34555550
  13. Koren G, Piwko C, Ahn E, et al. Validation studies of the Pregnancy Unique-Quantification of Emesis (PUQE) scores. J Obstet Gynaecol. 2005;25(3):241-244. PMID 16147725
  14. Committee on Practice Bulletins-Obstetrics. ACOG Practice Bulletin No. 189: Nausea And Vomiting Of Pregnancy. Obstet Gynecol. 2018;131(1):e15-e30. PMID 29266076
  15. Xu J, Deng H, Shen X. Safety of moxibustion: a systematic review of case reports. Evid Based Complement Alternat Med. 2014;2014:783704. PMC4058265
  16. Park J, Sohn Y, White AR, Lee H. The safety of acupuncture during pregnancy: a systematic review. Acupunct Med. 2014;32(3):257-266. PMID 24554789
  17. 田中恵, 武田真輝, 小野雅代, 種田遥美, 古谷陽一. 骨盤位妊婦に対する鍼灸治療の矯正率と安全性. 全日本鍼灸学会雑誌. 2021;71(2):86-94. doi:10.3777/jjsam.71.86
  18. 武田真輝, 小野雅代, 林佳子, 梶原龍之介, 古谷陽一. 骨盤位に対する鍼灸治療の安全性. 全日本鍼灸学会雑誌. 2024;74(2):93-100. doi:10.3777/jjsam.74.93
  19. 畑瀬理惠子, 糸井信人, 長谷川尚哉, 林正敏. 骨盤位矯正を目的に実践された病鍼連携の成果. 日本東洋医学系物理療法学会誌. 2020;45(2):33-40. doi:10.32255/jjsop.45.2_33
  20. Guittier MJ, Klein TJ, Dong H, Andreoli N, Irion O, Boulvain M. Side-effects of moxibustion for cephalic version of breech presentation. J Altern Complement Med. 2008;14(10):1231-1233. PMID 19040374
  21. Engel K, Gerke-Engel G, Gerhard I, Bastert G. Fetomaternale Makrotransfusion nach erfolgreicher innerer Wendung aus Beckenendlage durch Moxibustion. Geburtshilfe Frauenheilkd. 1992;52(4):241-243.(ドイツ語。本書は英文抄録から引用した) PMID 1607121
  22. Higashihara A, Horiuchi S. Smoke or smokeless moxibustion treatment for breech presentation: A three-arm pilot trial. Jpn J Nurs Sci. 2021;18(4):e12426. PMC8518843
  23. 笠井靖代, 小井土善彦, 前田尚子, 田口玲奈, 形井秀一. 妊婦に対する鍼灸治療の現状. 全日本鍼灸学会雑誌. 2018;68(4):238-256.(存在と書誌を確認したが本文・抄録に到達できず、本書はこの文献から数値を引用していない。読者への案内として掲げる) doi:10.3777/jjsam.68.238
  24. 辻内敬子, 小井土善彦, 酒井厚, ほか. 骨盤位に対する鍼灸治療の効果の検討——鍼灸治療開始までの期間が矯正率に与える影響. 全日本鍼灸学会雑誌. 2017;67(1):56-63.(存在と書誌を確認したが本文・抄録に到達できず、本書はこの文献から数値を引用していない。読者への案内として掲げる) doi:10.3777/jjsam.67.56

灸の臨床|産科① 病態と適応 第1版 2026年8月24日発行
発行:合同会社YOMOGI BASE(灸エビデンス・ライブラリ)

本書の位置づけ。本書は臨床編の第1冊であり、「この妊婦に灸をしてよいか。どこからは医療機関へ回すか」という一つの問いに答えるために編んだ教材である。本書は灸の効果を扱わない。効果量・矯正率・確実性の評価は姉妹巻『灸の臨床|産科② エビデンスと臨床判断』に収めた。熱がどこまで届くか、血流がどう変わるかといった機序は基礎編14冊が正本であり、本書はそこへリンクで送る。

数値の出所方針。本書に記載した数値は、すべて一次文献に記載された報告値をそのまま引用したものである。編者が計算・推定・丸めた値は含まない。平均±SD は原著の表記どおりに記した。原著が実数を示していない箇所については数値を記載せず、その旨を本文に明記した。本書には図を掲載していない。

臨床試験の対照群の扱い。本書は効果を扱わないが、臨床試験の対照群の数値は自然経過を知る材料として引用した(表1-1)。介入群との比較は行っていない。この区別は第1章冒頭に明記した。

症例の扱い。本書に掲載した症例はすべて公表文献からの引用であり、架空の症例は含まない。第10章の症例2・3は原著(いずれも中国語の雑誌)に到達できておらず、系統的レビュー本文の記載と照合したうえで、孫引きであることを本文中に明示した。

校閲で改めた箇所。校閲の過程で、原著に当たり直して次を改めた。①第6章の有害事象の内訳から「その他6例」を削除した(原著が明示していない、差し引きによる値であったため)。②第10章の症例2について「3回目の治療中に」を原著の記載どおり「3回目の治療の開始から約10分後」に改めた。③第10章の症例3の「不全足位分娩」を、原著の記載どおり「骨盤位のまま不全に娩出」に改めた(誤訳の訂正)。④第10章の症例2・3の実施者がいずれも妊婦本人(セルフ施灸)であることを追記した。⑤第7章に、文献17が報告した「因果関係の明らかではない破水2件」と症例数あたりの有害事象発生頻度を追記した。⑥第7章の文献18の結論について、後半(リトドリン塩酸塩が増量された事例があり、産科医との十分な連携が必要)を落として引用していたのを全文に改めた。⑦第9章の文献19について、介入が「鍼灸治療を含む施術介入」であること、比較が矯正群同士であることを明示した。⑧表1-1から、編者が100から差し引いて算出していた頭位化率(Coulon らの36.6%、Bue らの初産26%・経産54%)を削除し、原著が報告している値(骨盤位の割合)のみを残した。⑨「概ね3〜6割」という丸めた表現を、報告値に基づく「36%〜62.3%」に改めた。孫引きであることを明示したうえで掲載した理由は、頻度を示すためではなく、当該事象が報告された事実を施術者が知らないままでいるべきではないと判断したためである。

調査範囲。英語・日本語・中国語圏を対象に25クエリの検索を行い、一次・二次資料25件に到達したうえで、本書に必要な24件を採用した(2026年8月24日時点)。到達できなかった数値は記載していない。文献23および文献24については存在と書誌を確認したが本文・抄録に到達できず、数値・結論のいずれも引用していない。

本書の限界。本書が引用できた妊婦への施灸の安全性データのうち、最も条件のよいもの(文献18)は入院管理下・産科医との連携下・NST監視下で得られた23名157回の後ろ向き調査である。院外の施術所で監視のない環境における前向き調査には到達できなかった。また、灸の有害事象に関する世界的なデータは症例報告の集積であり、分母を欠くため発生率を計算できない。空白の一覧は第11章の表11-2に掲げた。

本書が書かないこと。本書は灸の効果を述べない。経穴の選定・壮数・施術手技の指導も行わない。産科疾患の診断・治療の手順も示さない。示したのは、施術を行うか行わないかを判断するための材料と、医療機関へ回す閾値である。

発行と利益相反。本書の発行者は合同会社YOMOGI BASEである。同社はよもぎ・お灸に関連する商品を扱う事業者であり、この利害関係を開示したうえで、本書では特定の商品・サービス・銘柄に一切言及せず、効能をうたわない編集方針を採っている。文献の選定・数値の引用・空白の明示は、事業上の利害と独立して行った。自社および自社関係者による発信は、査読の有無にかかわらず出典として用いない。

ご利用にあたって。本書は教育・研究目的の学術情報であり、個々の患者に対する診断・治療方針を示すものではない。臨床判断は、施術者自身の責任において、患者の状態と関連法規に基づいて行われたい。妊娠の管理と分娩の取り扱いは医師・助産師の管轄である。

改版履歴。2026年8月24日 第1版発行。