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Katakori / Neck-Shoulder Stiffness II — 全20章

灸の臨床|肩こり② エビデンスと臨床判断

硬さが症状と対応しないなら、灸は何を変えているのか。
その問いに答えた試験は、まだ存在しない。

第1版 2026年9月 温熱の証拠 / 灸の試験群 / 運動・鍼との比較 / 版の確認 / 安全性

3分で要点だけ

本文で示した報告値のうち、この教材の骨格になる3点。

  1. 肩こりを対象にした灸の偽対照試験は見出せなかった見つかるのは頸椎症・頸性めまいを対象にした試験である
  2. 頸部痛への温熱は91研究中2研究・67人しかなかった推奨とも非推奨とも結論できないというのが著者らの結論
  3. よく引用される鍼のCochraneレビューは、新しい版が撤回の表題で収載されている文献は著者名と年号だけでなく、版と収載状態まで確かめる

続けて読むなら 序章から。要点だけ確かめたい場合は 理解度チェック へ。

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序章

何を根拠に、灸を据えているのか

第1巻で見たとおり、肩こりの自覚度は筋硬度と相関しなかった。ならば灸は何を変えて症状を軽くしているのか。本書はこの問いを、対照の側から追う。答えの多くはまだ出ていない。出ていないことを正確に示すことが、本書の役割である。

この部を読むと試験を読むとき、効果量より先に対照を見る習慣がつく。

00本書の読み方と対照の一覧

本書の各章は、ひとつの試験またはひとつの系統的レビューを扱う。読者に持ち帰ってほしいのは個々の結論ではなく、その結論がどの対照との比較から出たのかを毎回確かめる習慣である。

0-1 対照の一覧

表 0-1 対照の種類と、そこから言えること
対照差し引けるもの差し引けないもの
無処置・待機自然経過、平均への回帰期待、関係性、通院そのものの効果
薬物薬物と比べた相対的な位置灸に固有の効果(両群とも非特異的効果を含む)
2つの手技の相対的な位置いずれの手技に固有の効果か
運動療法証拠のある治療と比べた位置併用したときの上乗せ効果
偽灸期待、関係性、通院、儀式偽灸が皮膚温を上げてしまう場合の温熱効果
対照なし(前後比較)何も差し引けない——

0-2 エビデンスの階層

表 0-2 本書で用いるエビデンス階層
階層デザイン典型的な弱点
A盲検化された無作為化比較試験、系統的レビュー・メタ解析本数が少ない。偽刺激の妥当性が問われる
Bコホート・横断・比較研究(客観指標つき)因果を示さない。対象数が小さい
C動物実験(機序の解明)刺激条件がヒト臨床と異なる
D非盲検の無作為化比較試験、単群前後比較出版バイアスが大きい
E症例報告・症例集積、専門家の合意診断精度や頻度を推定できない

0-3 第1巻との関係

肩こりの定義、筋硬度と自覚の乖離、僧帽筋の微小循環、レッドフラッグ、評価尺度は第1巻『灸の臨床|肩こり① 病態と適応』で扱った。本書はそれを前提として進む。とくに肩こりの自覚度と筋硬度に相関がなかったという所見は、本書を通じて繰り返し使う。

読み方の注意

本書には、文献の版と収載状態そのものを扱う章がある(第11章)。効果の数値だけでなく、その数値がどの版のどの状態の文献に載っているかを確かめる——これも証拠を読む作業の一部である。

第I部

温熱そのものの証拠

灸の話をする前に、熱の話をする。首と肩を温めるという行為に、どれだけの証拠が積まれているのか。答えは短い。

この部を読むと首肩を温めることの証拠がどこまで薄いかを、正確な言葉で説明できるようになる。

01頸部痛への温熱——91研究から2研究

非特異的頸部痛に対する温熱療法の系統的レビューがある。組み入れられた研究の数が、この領域の現在地を最もよく表している。

1-1 組み入れ

非特異的頸部痛に対する温熱療法の有効性をまとめるため、PubMed経由でMedlineを2025年1月に検索した系統的レビューがある。検索語は「neck pain」と「heat」であった。方法論的な質はCochraneのバイアスリスク評価ツールで、証拠の質はGRADEで評価された[1]

データベース検索で91研究が同定されたが、組み入れ基準を満たしたのはわずか2研究・計67人であった。いずれも乾式の温熱(ヒートラップまたはヒートセル)を検討したものである[1]

1-2 結果と結論

頸部痛と頸部関連の障害の減少が報告されたものの、組み入れ研究数の少なさ、標本の小ささ、両研究の方法論的な質の低さにより、証拠基盤は非常に限られていた[1]

著者らの結論は次のとおりである。非特異的頸部痛に対する温熱療法の現在の証拠はきわめて限定的であり、使用を推奨することも推奨しないことも支持するには不十分である。得られた知見は方法論的な限界の大きい2つの小規模研究に基づいており、結論への確信は大きく制限される。それでも、重篤な有害作用が予期されないことを踏まえれば、温熱の適用は非特異的頸部痛の患者の自己管理の選択肢として依然として考慮されうる[1]

要点

腰痛では表在温熱に中等度の質の証拠があり、米国内科学会が推奨に挙げていた(本ライブラリの『灸の臨床|腰痛②』参照)。頸部では、そこまでの証拠がない。同じ「温める」でも、部位が変われば証拠の状況は変わる。

臨床への翻訳

「首肩を温めるといい」という説明の根拠は、2研究・67人である。この事実を知ったうえで温めることと、知らずに温めることは違う。患者に伝えるなら「温めること自体を調べた研究は非常に少ないのですが、害が出にくい方法ではあります」となる。

02温熱を運動に足した試験

温熱を単独で使うのではなく、運動に足したらどうなるか。この設計の試験は複数ある。施術者の実際の使い方に近い。

2-1 高齢者を対象とした試験

慢性非特異的頸部痛をもつ高齢者35人を、温熱+頸部安定化運動群18人と運動単独群17人に無作為に割り付けた単盲検試験がある。介入群は塩パックによる温熱を30分、頸部安定化運動を40分、1日2回・5日間(計10セッション)行い、対照群は同じ時点で運動のみを行った[2]

安静時痛(p < 0.001)と運動時痛(p < 0.001)、上部僧帽筋(p < 0.001)・肩甲挙筋(p = 0.003)・頭板状筋(p = 0.001)の圧痛閾値で、時間と群の有意な交互作用が認められた。頸部痛による障害も群間で経時的に有意に変化した(p = 0.005)[2]

さらに筋の性質についても、上部僧帽筋の緊張(p = 0.021)と硬さ(p = 0.017)、肩甲挙筋の硬さ(p = 0.025)と弾性(p = 0.035)、頭板状筋の硬さ(p = 0.012)、頸部(p = 0.016)と肩(p < 0.001)のアライメントで、介入群が有意に改善した[2]

2-2 低出力持続温熱を用いた試験

慢性非特異的頸部痛の患者92人を、低出力持続温熱群、低出力持続温熱+イブプロフェン群、偽温熱+偽薬群、対照群の4群に無作為に分けた試験もある。全員が2週間にわたり週2回・45分の通常の理学療法を受けたうえで、自宅療法として上記が加えられた[3]

低出力持続温熱もイブプロフェンも疼痛と頸部障害指数を有意に減少させ、可動域を増加させた(p < 0.01)。さらに、自宅での運動の遵守率が、温熱群と温熱+イブプロフェン群でプラセボ群・対照群より有意に高かった(p < 0.05)[3]

臨床への翻訳

この2試験は、温熱の使い方について同じ方向を示している。温熱は運動の代わりではなく、運動を可能にし、続けさせるものとして働く。とくに後者が示した「自宅運動の遵守率が上がった」という所見は、施術者が灸を使う理由として、痛みの緩和より説得力を持ちうる。ただし、いずれも灸を用いた試験ではない。

03温熱と他の物理療法を比べた試験

温熱そのものにも種類がある。同じ温度・同じ時間で比べたとき、何が違うのか。

3-1 泥パックとホットパック

慢性非特異的頸部痛と診断された70人(男性12人・女性58人、平均年齢50.2±9.4歳、範囲24〜65歳)を、泥パック群35人とホットパック群35人に分けた単盲検の無作為化比較試験がある。2018年12月から2019年9月にかけて実施された[4]

両群とも、20分の温熱+20分の経皮的電気神経刺激+在宅運動を、週5日・3週間で計15セッション行った。温度と時間は両群で同一である[4]

3-2 結果

泥パック群では、治療終了時の生活の質の一部項目を除き、3週後と1か月後のすべての指標で有意な改善が認められた(p < 0.05)。ホットパック群でも、一部の生活の質の項目を除きすべての指標で有意な改善が認められた(p < 0.05)[4]

群間比較では、疼痛VAS(p < 0.001)、修正頸部障害指数(p = 0.019)、ベック抑うつ質問票(p = 0.002)、SF-36の全体的健康感(p < 0.001)・活力(p < 0.001)・精神的健康(p < 0.001)で、泥パック群が有意に優れていた[4]

この結果の読み方

両群とも改善している。そして同じ温度・同じ時間でも、媒体が違えば結果に差が出た。ただし両群とも経皮的電気神経刺激と在宅運動を併用しているため、温熱単独の効果を切り出すことはできない(階層D)。

臨床への翻訳

温熱の与え方は「温度と時間」だけでは決まらない。媒体によって結果が変わりうる。灸は艾の燃焼による短時間の温度上昇であり、20分の湿熱とは物理的にまったく違う。温熱療法の証拠を灸に持ち込むときの限界が、この試験からも見える。灸の温度そのものは本ライブラリの『温度曲線』で扱っている。

第II部

灸の証拠を探す

灸そのものの試験を探す。見つかるのは、日本語で言う「肩こり」ではなく、中国語圏の「頸椎症」を対象にした試験群である。

この部を読むと灸の試験が実際に対象にしている病名を知り、外挿の限界を線引きできるようになる。

04「肩こり」を対象にした灸の試験はあるか

この章の結論は1行で書ける。今回の調査範囲では、見出せなかった。以下は、その空白の輪郭である。

4-1 探した範囲

本教材の作成にあたり、英語・日本語・中国語圏の文献を、系統的レビューとメタ解析、無作為化比較試験、測定手法つきのヒト実験、日本語文献、安全性・有害事象、方法論(偽灸デバイス)、背景となる疾病負荷という角度から検索した。

その結果、日本語で言う「肩こり」を対象として、灸単独を偽灸と比較した無作為化比較試験は見出せなかった。

4-2 代わりに見つかるもの

表 4-1 灸の試験が実際に対象としている病名
対象本書での扱い
頸椎症(cervical spondylosis)第5章・第7章
頸椎症性神経根症第7章
頸性めまい(cervical vertigo)第8章
肩こりそのもの見出せなかった

頸椎症は画像所見を伴う退行性変化であり、第1巻で扱った二次性肩こりに近い。日本の鍼灸院で最も多く扱われる一次性肩こりとは、対象が異なる。

4-3 空白が二重になっている

この空白は二重である。第一に、肩こりを対象とした灸の試験がない。第二に、第1巻で見たとおり、肩こりの自覚度と筋硬度には相関がなかった。つまり灸が何を変えれば症状が軽くなるのか、その作用点自体が定まっていない。

臨床への翻訳

「灸は肩こりに効きます」と説明するとき、その根拠は肩こりの試験ではない。頸椎症の試験からの外挿である。外挿であることを患者に隠さないほうがよい。隠さずに説明しても施術を選ぶ患者はいるし、隠して得た信頼は後で必ず失われる。

05頸椎症への雷火灸のメタ解析

灸の一種である雷火灸について、頸椎症を対象としたメタ解析がある。数値は大きいが、著者ら自身が慎重な解釈を求めている。

5-1 組み入れ

Cochrane Library、MEDLINE、Web of Science、EBSCO、Embase、Springer、PubMed、WFDP、CNKI、VIP、CBMを、各データベースの開始時点から2018年12月まで検索したメタ解析がある。頸椎症について雷火灸と他の治療を比較した無作為化比較試験が組み入れられた[5]

5-2 報告された効果

表 5-1 頸椎症に対する雷火灸と他の治療の比較[5]
アウトカム効果量95%信頼区間p値
総有効率OR 2.481.80〜3.41<0.00001
中医証候スコアSMD −3.05−4.18〜−1.93<0.00001

このほか、疼痛スコア、満足度スコア、頸性めまいの症状と機能回復のスコアについてもメタ解析が行われている[5]

5-3 著者らの留保

著者らの結論は、既存の証拠に基づけば頸椎症に対する雷火灸の治療効果と安全性は統計的に有意であったが、エビデンスレベルが低いため結果は慎重に解釈すべきである、大規模で質の高い厳密な無作為化比較試験を長期追跡とともに今後実施すべきである、というものである[5]

総有効率という指標について

総有効率は、試験ごとに判定基準が異なる二値のアウトカムである。非盲検の試験では判定者の期待が入りやすい。この指標のオッズ比を、患者が感じる症状の改善の大きさとして紹介してはならない。

臨床への翻訳

比較相手は「他の治療」であり、偽灸ではない。したがってこのメタ解析から、灸の温熱に固有の効果を切り出すことはできない。臨床で言えるのは「頸椎症を対象にした試験では、灸を受けた群のほうが良い結果が報告されている。ただし試験の質は低い」までである。

06灸の量を変えた試験

灸の効果を問う前に、灸の「量」を問うた試験がある。同じ手技でも量が違えば結果が変わるなら、量の記載がない試験は読みようがない。

6-1 設計

椎骨動脈型頸椎症の60例を、飽和灸量群30例と通常灸量群30例に無作為に分けた試験がある。両群とも熱敏灸(温熱感受性の高い点を用いる灸法)を行い、最も温熱感受性の強い2つの経穴に温和な懸垂灸を施した[6]

飽和灸量群では温熱感受性が消失するまで施灸時間を延長し、通常灸量群では各経穴15分と定めた。両群とも最初の4日間は1日2回、5日目からは1日1回で計10回、合計14日間の治療である[6]

6-2 結果

表 6-1 灸量による治癒・有効率の差(各群30例)[6]
時点飽和灸量群通常灸量群検定
治療後56.7%(17/30)26.7%(8/30)p < 0.01
6か月後の追跡60.0%(18/30)30.0%(9/30)p < 0.05

臨床症状と機能のスコアは両群とも治療前より有意に改善したが(いずれもp < 0.01)、飽和灸量群のほうが有意に大きく改善した(治療後 22.32 ± 4.64 対 17.43 ± 3.21、追跡時 23.01 ± 4.76 対 18.32 ± 2.13、いずれもp < 0.01)[6]

臨床への翻訳

この試験は、灸の量が結果を変えうることを示している(階層D)。だとすれば、量の記載がない試験の結果を自院の施術に当てはめることはできない。自院の記録に壮数・時間・部位を残しておくことは、後から振り返るための最低条件である。

07群間差が出なかった試験

陽性の結果だけを並べると、この領域の姿を見誤る。群間差が出なかった試験も同じ扱いで置く。

7-1 111例の比較

頸椎症による慢性頸部痛の111例を、心腎理論に基づく群55例と通常の鍼群56例に無作為に割り付けた試験がある。両群とも鍼、直接灸、皮内鍼を組み合わせた治療を受け、選穴が異なる設計である。主要な効果指標にはノースウィック・パーク疼痛質問票(NPQ)が用いられた[7]

7-2 結果

介入後および追跡期間を通じて、両群ともNPQスコアは治療前と比べて著明に減少した(いずれもp < 0.001)。しかし群間の差は統計的に有意ではなかった(いずれもp > 0.05)[7]

年齢による層別解析では、45歳を超える患者において心腎理論に基づく群が通常群より優れていた(p < 0.05、p < 0.01)。罹病期間による層別解析では、7年を超える患者において同様の結果であった(p < 0.05、p < 0.01)[7]

7-3 この構造の読み方

全体では差がなく、部分集団では差があった。この形の結果は、事前に規定されていない層別解析である可能性を疑って読む必要がある。層別する軸を後から選べば、偶然の差が見つかりやすくなる。

要点

両群とも改善している。改善したこと自体は、選穴の優劣を示さない。この試験には無処置対照も偽刺激対照もないため、その改善が何によるものかは判定できない。

臨床への翻訳

「この選穴のほうが効く」という主張を見たら、全体の群間差がどうだったかを確かめる。全体で差がなく部分集団でのみ差がある結果は、次の試験で確かめるべき仮説であって、今日の施術を変える根拠ではない。

08頸性めまいを対象にした試験群

肩こりに伴うめまいを訴える患者は多い。中国語圏には「頸性めまい」を対象とした灸の試験群がある。ただし対照は薬物である。

8-1 70例の試験

頸性めまいの70例を観察群35例と対照群35例に無作為に分けた試験がある。観察群には「項七針」と圧灸を組み合わせた治療を1日1回・週6回・2週間行った。対照群にはベタヒスチン塩酸塩錠を2週間、アセクロフェナク分散錠を3日間、経口投与した[8]

治療後、両群ともめまい・日常生活と作業能力・心理社会的適応・頭痛の各スコアと総スコアが治療前より上昇した。観察群では頸肩部痛のスコアと総スコアも治療前より上昇した(p < 0.01)。観察群の各項目スコアと総スコアは、対照群より高かった[8]

血漿の神経ペプチドYとエンドセリン-1は両群で低下し、カルシトニン遺伝子関連ペプチドは上昇した。観察群では対照群より神経ペプチドYとエンドセリン-1が低く、カルシトニン遺伝子関連ペプチドが高かった(いずれもp < 0.01)。血液粘度の指標も観察群で低く、椎骨脳底動脈の平均血流速度は両群で上昇した[8]

8-2 60例の試験

同じ研究グループによる別の試験では、頸性めまいの60例を観察群30例と対照群30例に分け、観察群には鍼刀療法と艾条圧灸を、対照群にはベタヒスチンメシル酸塩12mgを1日2回とジクロフェナクナトリウム徐放カプセル75mgを1日1回、いずれも3週間投与した[9]

総有効率は観察群93.3%(28/30)、対照群63.3%(19/30)で、観察群が有意に高かった(p < 0.05)[9]

この試験群の限界

いずれも対照は薬物であり、偽灸ではない(階層D)。また介入は灸単独ではなく、鍼・鍼刀との併用である。したがって灸の寄与を切り出すことはできない。さらに、いずれも中国で実施された非盲検試験であり、本ライブラリの『灸の臨床|不定愁訴②』で扱った国別の陽性率の問題を直接に受ける。

臨床への翻訳

肩こりに伴うめまいを訴える患者に灸を用いる根拠として、この試験群を引くことはできる。ただしそのとき、対照が薬物であること、介入が併用であること、実施国が偏っていることを同時に述べなければ、引用ではなく選択になる。

09外挿の作法

ここまでの試験を、対照の種類で並べ直す。肩こりに外挿するとき、どの試験にどれだけの重みを置くべきかが見える。

表 9-1 本書で扱った灸の試験と、その対照
対象規模対照結果と確実性
頸椎症[5]メタ解析他の治療総有効率 OR 2.48/エビデンスレベルは低い
椎骨動脈型頸椎症[6]60例通常灸量飽和灸量が優る/非盲検
頸椎症性頸部痛[7]111例別の選穴全体では群間差なし
頸性めまい[8]70例薬物観察群が優る/併用介入
頸性めまい[9]60例薬物総有効率 93.3% 対 63.3%/併用介入
肩こり————見出せなかった

9-1 外挿の3条件

  1. 対象が近いか。頸椎症は画像所見を伴う退行性変化であり、一次性肩こりとは異なる
  2. 対照が何か。薬物対照・他治療対照の結果は、灸に固有の効果の上限しか示さない
  3. 介入が灸単独か。本書で扱った試験の多くは鍼または鍼刀との併用である
臨床への翻訳

患者に説明するときの言い方の例。「肩こりそのものを対象にした灸の研究は見つかっていません。首の骨の変化を伴う頸椎症では、灸を含む治療を受けた群のほうが良かったという報告があります。ただし比べた相手は薬で、灸だけを取り出した研究ではありません」。この説明で失われる患者は、失われてよい。

第III部

比較の相手

灸の位置は、灸だけを見ても決まらない。同じ患者に対して他に何が使えるのか、その証拠はどれだけ強いのか。ここが本書の中核である。

この部を読むと運動・鍼・温熱・灸を証拠の強さの順に並べ、灸の位置を過大にも過小にも語らずに済むようになる。

10運動療法——27試験が置いた基準

頸部痛の非薬物治療で最も多くの試験に支えられているのは運動である。灸の効果を語るとき、この規模と質が比較の基準になる。

10-1 27試験

MEDLINE、MANTIS、ClinicalTrials.govを含む複数のデータベースを2014年1月から5月まで検索し、頸部痛(頸原性頭痛または神経根症の有無を問わない)の成人を対象に、単一の治療的運動を対照と比較した無作為化比較試験を集めたCochraneレビューがある。組み入れられたのは27試験で、無作為化された3,005人のうち2,485人が解析対象となった[10]

急性の頸部痛については、証拠が見つからなかった[10]

10-2 慢性頸部痛への効果

表 10-1 慢性頸部痛に対する運動療法(中等度の質の証拠)[10]
運動の種類アウトカム統合効果量95%信頼区間
頸部・肩甲胸郭・上肢の筋力トレーニング疼痛(治療直後)SMDp −0.71−1.33〜−0.10
頸部・肩・肩甲胸郭の筋力強化と伸張の複合疼痛(治療直後)SMDp −0.33−0.55〜−0.10
同上機能(治療直後・短期)SMDp −0.45−0.72〜−0.18
頸部・肩甲胸郭の筋力強化/安定化疼痛と機能(中期)SMDp −14.90−22.40〜−7.39

肩甲胸郭と上肢の持久力トレーニングは、治療直後と短期追跡で疼痛にわずかな有益効果を示した。マインドフルネス運動(気功)は短期で機能をわずかに改善したが、全般的な改善感は改善しなかった[10]

一方、低い質の証拠として、呼吸運動、全身の体力トレーニング、伸張のみ、パターン同期を伴うフィードバック運動は、治療直後の疼痛や機能を変えない可能性があるとされている[10]

臨床への翻訳

効いたのは筋力強化を含む運動であり、伸張のみでは変わらない可能性が示されている[10]。施術者が患者に勧める自宅運動が「首を伸ばす体操」だけになっていないか、この表と照らし合わせる価値がある。

11鍼のCochraneレビューと、その版の状態

灸と最も近い手技である鍼について、頸部疾患を対象としたCochraneレビューがある。その内容と、収載されている版の状態の両方を確認する。

11-1 27研究の内訳

CENTRAL、MEDLINE、EMBASE、MANTIS、CINAHL、ICLを各データベースの開始時点から2015年8月まで検索したCochraneレビューがある。組み入れられた27研究の内訳は次のとおりである[11]

表 11-1 組み入れられた27研究の対象(Cochraneレビュー)[11]
対象研究数参加者数
むち打ち関連障害(急性〜慢性)3205人
慢性筋膜性頸部痛5186人
関節症性変化による慢性疼痛5542人
慢性非特異的頸部痛64,011人
神経根症状を伴う頸部痛243人
亜急性または慢性の機械的頸部痛65,111人

機械的頸部痛について、著者らは、偽鍼と比較して直後の追跡時点で疼痛強度に、偽刺激または不活性な治療と比較して短期追跡時点で疼痛強度に、偽刺激と比較して短期追跡時点で障害に、鍼が有益であったと述べている[11]

11-2 版と収載状態

このレビューには2つの版が書誌データベースに収載されている。本教材の作成にあたり、書誌データベースの記録を直接確認した結果は次のとおりである。

表 11-2 同一レビューの2つの版の収載状態
収載されている表題日付
pub4[11]Acupuncture for neck disorders2016年5月4日
pub5[12]WITHDRAWN: Acupuncture for neck disorders2016年11月17日

すなわち、このレビューのより新しい版は「WITHDRAWN(撤回)」の表題で収載されている[12]。書誌記録上、pub5はpub4の更新版として位置づけられている[11][12]

撤回の理由については、今回の調査範囲では原典に当たって確認できなかった。したがって本書は、収載されている表題がそうなっているという書誌上の事実のみを述べる。

なぜこれを書くのか

「頸部痛に鍼が有効だとCochraneが言っている」という引用は、鍼灸の資料でしばしば見かける。その引用が指している版がどれで、どの状態で収載されているかを確認する習慣が要る。効果の数値を確かめるのと同じ手間で、版の状態も確かめられる。

臨床への翻訳

患者や他職種に文献を示すとき、著者名と年号だけでなく、その文献が現在どう収載されているかまで見る。撤回や更新は珍しいことではない。確認を怠った引用は、意図せず誤った情報の伝達になりうる。

12慢性疼痛の個別患者データ

頸部痛を含む慢性疼痛について、より大きなデータで偽刺激との差を測った解析がある。

12-1 39試験・20,827人

2015年12月31日までに発表された無作為化試験のうち、割り付けの隠蔽が適切と明確に判定できたものだけを組み入れ、原著者から生データを取得して統合した個別患者データメタ解析がある。非特異的筋骨格痛、変形性関節症、慢性頭痛、肩の痛みを対象とし、39試験・20,827人が組み入れられた[13]

鍼は、偽鍼に対しても無治療対照に対しても、いずれの疼痛病態でも有意に優った(いずれもp < .001)。群間差は、無治療対照との比較でおよそ0.5標準偏差、偽鍼との比較でおよそ0.2標準偏差であった[13]。効果は時間とともに持続し、1年後の治療効果の減少はおよそ15%にとどまった[13]

12-2 持続を詳しく見る

同じデータ群を用いた解析では、29試験・17,922人が対象となり、長期追跡データは20試験・6,376人で得られた。無治療対照との比較では効果量の減少は3か月あたり−0.011標準偏差(95%CI −0.014〜0.037、p = 0.4)で、12か月時点でも便益のおよそ90%が維持される計算であった。偽鍼との比較では3か月あたり0.025標準偏差の減少(95%CI 0.000〜0.050、p = 0.050)で、12か月でおよそ50%減弱すると推定された[14]

この章の限界

これはのデータであり、灸ではない。また対象は慢性疼痛全般であって、肩こりではない。ここから灸の効果量を推定することはできない。この章の役割は、偽刺激との差が小さいことと、差がゼロであることは別だと示すことにある。

13何と比べるかで結論が変わる

第I部から第III部までの試験を、証拠の強さの順に並べ直す。肩こりに灸を用いる根拠が、どの層にあるのかが見える。

表 13-1 頸肩部の訴えに使える手段と、その証拠の状況
手段規模対照証拠の状況
運動療法[10]27試験2,485人無処置・他治療慢性で中等度の質。急性では証拠なし
[11][12]27研究偽鍼・不活性治療有益と記述。ただし最新版は撤回の表題で収載
鍼(慢性疼痛全般)[13]39試験20,827人偽鍼・無治療偽鍼比 約0.2 SD
温熱[1]2研究67人各研究による推奨とも非推奨とも結論できない
灸(頸椎症)[5]メタ解析他の治療総有効率で優るがエビデンスレベルは低い
灸(肩こり)————見出せなかった

13-1 この表から言えること

証拠の強さの順に並べると、上から運動療法、鍼、温熱、灸となる。そして肩こりそのものを対象にした灸の試験は最下段に位置し、そこには何もない。

これは灸を据えてはいけないという意味ではない。灸を第一の根拠として説明することはできないという意味である。

臨床への翻訳

患者に説明するときの言い方の例。「首肩のこりに対して、いちばん研究が積み重なっているのは筋力を使う運動です。灸については、首の骨の変化を伴う病態での報告はありますが、こり自体を対象にした研究は見つかっていません。ですから、灸で楽にしたうえで運動を続けられるようにする、という組み立てをお勧めします」。この説明は、どの文も報告値の範囲に収まっている。

第IV部

効果の分解

施術のあとに患者が「楽になった」と言うとき、その変化はどこから来たのか。灸か、施術の場か、それとも測っている量そのものの性質か。

この部を読むと観察された改善を、灸・施術の場・測っている量の性質に分けて考えられるようになる。

14偽灸は作れる

「灸は盲検化できない」という擁護がある。これは事実ではない。妥当性を検証した偽灸デバイスが存在する。

14-1 デバイスと検証

実灸と偽灸の艾柱は、専用の台座に艾炷を固定して作られた。両者は外見・燃焼の過程・燃え残りが互いに似ているが、偽灸の台座は艾から出る熱と煙を遮断し、皮膚に到達しないようにしてある[15]

二重盲検・無作為化・プラセボ対照のパイロット試験として、北京市朝陽区の地域外来施設で2003年11月初旬から12月下旬に実施された。55歳から75歳の志願者71人が治療群36人と偽対照群35人に無作為に割り付けられ、足三里(ST36)へ2日に1回・1か月間の施灸を受けた[15]

試験終了時、「実灸を受けたと思う/偽灸を受けたと思う/どちらか分からない」と答えた人数は、治療群で30・0・5、偽対照群で29・0・4であり、群間に統計的な差はなかった(p = 1.000)。2人の施術者による判定でも群間差はなかった(p = 0.811、p = 0.840)[15]

臨床への翻訳

偽灸が作れる以上、「灸は盲検化できないから偽対照は無理だ」は、偽対照を置かない試験を擁護する理由にならない。第II部で見た頸肩部の灸の試験に偽灸対照が1つもないことは、技術的な限界ではなく設計上の選択である。

15非特異的効果の大きさ

施術の場が持つ要素だけで、症状の報告はどれだけ動くのか。それを成分ごとに分解した試験がある。

15-1 262人の3群比較

ローマII基準を満たし症状重症度スケールが150点以上の過敏性腸症候群患者262人(76%が女性、平均年齢39歳、SD 14)を対象とした、6週間・単盲検・3群の無作為化比較試験がある。3週間、待機(評価と観察のみ)、偽鍼のみ、偽鍼に温かさ・注意・自信による患者-施術者関係の強化を加えた群のいずれかが割り当てられた[16]

表 15-1 プラセボ効果の成分ごとの3週後アウトカム(262人)[16]
アウトカム待機偽鍼のみ偽鍼+関係性傾向性
全般改善スケール(1〜7)3.84.35.0p<0.001
十分な症状緩和を報告28%44%62%p<0.001

著者らの結論は、非特異的効果は統計的にも臨床的にも意味のある結果を生みうること、そのなかで最も頑健な成分は患者-施術者関係であることである[16]

読み方の注記

この試験の対象は過敏性腸症候群であり、肩こりではない。介入も偽鍼であって灸ではない。使えるのは、施術という場面だけで報告値が28%から62%まで動きうるという基準線である。

臨床への翻訳

肩こりは、患者が自分で報告する主観の指標で評価される訴えである(第1巻)。だからこそ、この幅の影響を最も強く受ける。対照を置かない自院の成績は、容易にこの範囲に収まる。

16健常者で測ると何が動くか

施術の効果を「硬さが下がった」で示したくなる。しかし硬さは、健常者に体操をさせても下がる。

16-1 自己ストレッチ前後の測定

健常若年成人22人(年齢中央値21.0歳)を対象に、上部僧帽筋の自己ストレッチ前後を測定した研究がある。僧帽筋の硬さは超音波ストレイン・エラストグラフィで、皮膚と脈絡膜の血流はレーザースペックルフローグラフィで評価された[17]

自己ストレッチ後、収縮期・拡張期・平均血圧、眼灌流圧、唾液アミラーゼ活性、眼精疲労と肩こりのVAS、僧帽筋の硬さ、皮膚と脈絡膜の平均ブラー率がいずれも有意に低下した。眼圧と心拍数は変化しなかった[17]

16-2 この結果が意味すること

硬さは下がり、自覚も下がった。しかし同時に血圧も皮膚血流も唾液アミラーゼも下がっている。単純な自己ストレッチで、これだけの指標が同時に動く

したがって、施術後に硬さが下がったことを効果の証明として提示することはできない。対照を置かなければ、その低下が施術によるものか、単に横になって力を抜いたことによるものかを区別できない。

臨床への翻訳

施術後に硬さを測って患者に見せること自体は、悪いことではない。ただしそのとき「これが効果です」と言わない。言えるのは「施術後はこう変わっていますね」までである。同じ変化は、自分でストレッチをしても起こりうる——それは患者にとって、むしろ有用な情報である。

17硬度が下がっても症状と対応しない

第1巻の中心的な所見を、効果判定の文脈で読み直す。これが本書の結論部につながる。

17-1 4つの所見

肩こり群60名と非肩こり群10名を、生体組織硬さ計と第三者の触診で測った日本の研究は、次の4点を同時に報告している[18]

  1. 硬さ計の測定値と触診の評価は有意に相関した
  2. 肩こり群と非肩こり群のあいだに硬さの差はなかった
  3. 自覚度と硬さに相関はなかった
  4. 治療前後の自覚度の変化量と硬さの変化量にも相関はなかった

著者らは、ここから「肩こりと硬さとの関係性がない」ことが示されたとしている[18]

17-2 効果判定への帰結

4点目が決定的である。治療で自覚が改善した量と、硬さが変わった量に相関がなかった。つまり「硬さが取れたから楽になった」という因果の説明は、この測定に支持されていない。

表 17-1 効果判定に使ってよい量・使えない量
効果判定での位置づけ根拠
患者の自覚度主たる指標として使える患者にとっての結果そのもの
筋硬度施術の記録としては残せるが、効果の指標にはできない自覚度と相関しない[18]/健常者でも動く[17]
圧痛閾値自覚と別に動きうることを前提に扱う第1巻で扱った健常者交差試験
臨床への翻訳

施術者にとって最も手放しにくいのが「触って分かる」という感覚である。この研究は触診の能力を否定していない——触診は器械と一致した[18]。否定されたのは、その硬さが症状の代理指標になるという前提だけである。触ってよい。ただし、触って分かったことを患者の症状の説明に使わない。

第V部

安全性と臨床判断

効果が不確実であるほど、安全性の重みは増す。そして最後に、ここまでの証拠を明日の施術室で使える形に組み直す。

この部を読むと効果を保証しない代わりに、判定できる形で施術を設計できるようになる。

18灸の有害事象と、頸肩部に固有の注意

灸は完全に無害な手技ではない。症例報告と臨床試験の両方から集められた有害事象を確認する。

18-1 症例報告の系統的レビュー

灸に関連する有害事象を報告した24論文・64症例を、6か国から集めた系統的レビューがある。報告された有害事象は、アレルギー、熱傷、感染、咳、悪心、嘔吐、胎児仮死、早産、基底細胞癌、眼瞼外反、色素沈着、そして死亡である[19]

著者らは、体位、施灸時間、艾と皮膚の距離、施術者の熟練度、患者の状態、煙の有無、施術環境までもが灸の安全性に影響しうるとし、施術者の技術の向上と操作の規格化が有害反応の発生を減らしうると述べている[19]

18-2 臨床試験からの報告

14のデータベースを検索した別の系統的レビューでは、灸治療に関連する有害事象が、無作為化臨床試験4件、対照臨床試験1件、非対照観察研究2件、症例報告13件、前向き研究1件で報告されていた。最も多かったのはアレルギー反応、熱傷、蜂窩織炎やC型肝炎などの感染である[20]

臨床試験のなかでは、発赤、水疱形成、かゆみ、煙による不快感、全身倦怠感、胃部不快感、症状の一時的増悪、頭痛、熱傷が報告された[20]。著者らの結論は、灸は完全に無リスクではないが現時点でこれらの発生率は不明であるというものである[20]

18-3 頸肩部で特に考えること

以下は本書が引用した知見から導ける整理であり、ガイドラインではない。

  • 頭痛が報告されている。臨床試験で灸に関連する有害事象として頭痛が挙げられている[20]。肩こりの患者は頭痛を併発していることが多く、施術後の頭痛を有害事象と自然経過のどちらとも判別しにくい。事前に「頭が重くなることがある」と伝えておく
  • 症状の一時的増悪が報告されている[20]。同様に事前に伝える
  • 座位・伏臥位での施灸は、患者から施灸部位が見えない。熱さの申告のタイミングを先に取り決める
  • 頸部の重篤病態を除外したうえで行う。第1巻の第11章から第15章を参照する

熱傷の機序と深度分類については、本ライブラリの『お灸の安全性』で詳しく扱っている。

臨床への翻訳

有害事象の発生率は不明である[20]。分母が分かっていない以上、「めったに起きない」と言い切ることはできない。言えるのは、報告されている事象の種類と、それを減らす条件(体位・時間・距離・熟練度・患者の状態・煙・環境)である[19]。この6条件は、施術のたびに自分で点検できる。

19施術としての設計と、未解決問題

証拠が弱い領域で施術を設計するとは、効果を保証することではなく、判定できる形を作ることである。

19-1 設計

表 19-1 本書の証拠から導ける設計と、その根拠
設計根拠となる知見
判定は自覚度で行い、硬さは記録にとどめる自覚度と硬さに相関がない[18]
硬さの低下を効果として提示しない健常者の自己ストレッチでも硬さは低下する[17]
灸を運動につなぐ位置に置く運動は27試験で中等度の質[10]/温熱は運動の遵守率を上げた[3]
勧める運動に筋力強化を含める伸張のみでは変わらない可能性が示されている[10]
灸の量(壮数・時間・部位)を記録する灸量で結果が変わりうる[6]
関係性を臨床資源として扱いつつ、効果と混同しない施術の場面だけで報告割合が28%から62%へ[16]
文献を引くときは版と収載状態を確認する同一レビューの新しい版が撤回の表題で収載されている[12]

19-2 確認できた空白

表 19-2 本書で確認した空白
問い現時点で分かっていること
肩こりへの灸と偽灸の比較見出せなかった
灸が肩こりの何を変えているか作用点が定まっていない(自覚度は硬さと相関しない[18]
頸部痛への温熱の効果2研究67人のみ。推奨とも非推奨とも結論できない[1]
灸の有害事象の発生率不明[20]
灸の効果の持続期間(頸肩部)見出せなかった
日本の肩こり患者を対象とした対照つき灸の試験見出せなかった

19-3 次に必要な研究

  1. 日本語の「肩こり」を明示的な選択基準として対象者を選び、検証済みの偽灸デバイス[15]を対照に置いた無作為化比較試験
  2. 主要評価項目に患者の自覚度を置き、筋硬度は副次項目として両者の対応の有無を報告すること
  3. 灸の量(壮数・時間・部位)を明示し、量と効果の関係を検討すること
  4. 介入終了後3か月以上の追跡を置くこと
  5. 有害事象の発生率を分母つきで報告する前向き研究
臨床への翻訳

肩こりは、鍼灸院で最も多く扱われる訴えでありながら、灸の証拠が最も薄い領域のひとつである。この落差を埋められるのは、研究者だけではない。自覚度を毎回記録し、灸の量を書き残し、硬さと自覚がずれた症例を数えておく——それは明日から誰にでもできて、この分野に足りていないものそのものである。

演習

理解度チェック

全13問。選択するとその場で正誤と解説が出ます。各設問は設問文だけで解ける形にしてあり、前提となる試験の条件は設問文の中に書いてあります。自己確認のための演習であり、資格や技能を証明するものではありません。

第I部温熱の証拠3問
Q01 出典:第1章

非特異的頸部痛に対する温熱療法の系統的レビューは、91研究を同定したうえで組み入れ基準を満たした研究の数を報告している。その数はどれか。

Q02 出典:第2章

慢性非特異的頸部痛の患者92人を、低出力持続温熱・温熱+イブプロフェン・偽温熱+偽薬・対照の4群に分け、全員に通常の理学療法を行った試験で報告された所見はどれか。

Q03 出典:第3章

慢性非特異的頸部痛の70人を、同じ温度・同じ時間の泥パック群とホットパック群に分け、両群とも経皮的電気神経刺激と在宅運動を併用した試験の結果はどれか。

第II部灸の証拠4問
Q04 出典:第4章

日本語で言う「肩こり」を対象として、灸単独を偽灸と比較した無作為化比較試験について、現時点で言えることはどれか。

Q05 出典:第5章

頸椎症に対する雷火灸のメタ解析は、総有効率でオッズ比2.48(95%CI 1.80〜3.41)を報告したうえで、結論に留保を付けている。その留保はどれか。

Q06 出典:第6章

椎骨動脈型頸椎症の60例を、温熱感受性が消失するまで施灸する群と各経穴15分と定めた群に分けた試験が示したことはどれか。

Q07 出典:第7章

頸椎症による慢性頸部痛の111例を、選穴の異なる2群に分けて鍼・直接灸・皮内鍼を行った試験では、全体の群間差は有意でなかったが、45歳超と罹病7年超の部分集団では差が認められた。この結果の読み方として適切なものはどれか。

第III部比較の相手3問
Q08 出典:第10章

頸部痛に対する運動療法のCochraneレビュー(27試験)が、中等度の質の証拠として支持しなかったものはどれか。

Q09 出典:第11章

頸部疾患に対する鍼のCochraneレビューには2つの版が書誌データベースに収載されている。より新しい版(2016年11月17日)について、書誌上の事実はどれか。

Q10 出典:第12章

慢性疼痛を対象とした39試験・20,827人の個別患者データメタ解析が報告した、鍼と対照の群間差の大きさはどれか。

第IV部・第V部効果の分解と安全性3問
Q11 出典:第16章

健常若年成人22人に上部僧帽筋の自己ストレッチを行わせ、前後を測定した研究の所見から、施術の効果判定について言えることはどれか。

Q12 出典:第17章

肩こり群60名と非肩こり群10名で自覚度と筋硬度を測った研究は4つの所見を同時に報告している。そのうち効果判定にとって最も重い意味を持つのはどれか。

Q13 出典:第18章

灸の有害事象について、14のデータベースを検索した系統的レビューが結論として明記していることはどれか。

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付録

引用文献

本書の記述はすべて以下の資料に基づく。数値は原著の報告値であり、編者による換算・推定は行っていない。中国語文献については英文抄録に記載された数値のみを引用した。

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  2. Shin HJ, Kim SH, Hahm SC, Cho HY. Thermotherapy Plus Neck Stabilization Exercise for Chronic Nonspecific Neck Pain in Elderly: A Single-Blinded Randomized Controlled Trial. Int J Environ Res Public Health. 2020;17(15):5572. PMC7432917
  3. Petrofsky JS, Laymon M, Alshammari F, Khowailed IA, Lee H. Use of low level of continuous heat and Ibuprofen as an adjunct to physical therapy improves pain relief, range of motion and the compliance for home exercise in patients with nonspecific neck pain: A randomized controlled trial. J Back Musculoskelet Rehabil. 2017. PMID 28282796
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  18. 奥野浩史, 竹田太郎, 笹岡知子, 福田文彦, 石崎直人, 北小路博司, 矢野忠, 山村義治. 肩こりと肩上部の硬さとの関係. 全日本鍼灸学会雑誌. 2009;59(1):30-38. J-STAGE
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  20. Park JE, Lee SS, Lee MS, Choi SM, Ernst E. Adverse events of moxibustion: a systematic review. Complement Ther Med. 2010. PMID 21056845

本書の数値はすべて原著論文の報告値である。編者が計算・換算した値は載せていない。信頼区間・p値・効果量は原著の表記をそのまま用い、丸めていない。中国語圏の文献については英文抄録に記載された数値のみを引用した。文献の版と収載状態は、書誌データベースの記録を直接確認したうえで記述している。第1版・2026年9月。