3分で要点だけ
本文で示した報告値のうち、この教材の骨格になる3点。
- 診断基準で選ばれた患者への灸の偽対照試験は見出せなかった現在の説明はすべて隣接症候群からの外挿である
- 施術中の改善は偽灸でも起きるがん関連倦怠感の試験では偽灸群も治療期間中は有意に改善した
- 施術の場面だけで症状緩和の報告割合は28%から62%まで動く最も頑健な成分は患者-施術者関係だと報告されている
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効果を語る前に、何と比べたかを見る
この領域の文献を読むとき、最初に見るべきは効果量ではなく対照である。無処置と比べたのか、偽灸と比べたのか、薬と比べたのか。同じ「有意に改善」でも、対照が違えば意味はまったく異なる。本書は対照の側から灸のエビデンスを読み直す。対象となる訴えの定義と測り方は第1巻で扱った。
この部を読むと試験を読むとき、効果量より先に対照を見る習慣がつく。
00本書の読み方とエビデンスの階層
本書の各章は、ひとつの試験またはひとつの系統的レビューを扱う。読者に持ち帰ってほしいのは個々の結論ではなく、その結論がどの対照との比較から出たのかを毎回確かめる習慣である。
0-1 対照の一覧
本書に出てくる試験の対照は5種類しかない。読み進めるあいだ、この表を手元に置いてほしい。
| 対照 | 差し引けるもの | 差し引けないもの |
|---|---|---|
| 無処置・待機 | 自然経過、平均への回帰 | 期待、関係性、通院そのものの効果 |
| 薬物 | 薬物と比べた相対的な位置 | 灸に固有の効果(両群とも非特異的効果を含む) |
| 鍼 | 2つの手技の相対的な位置 | いずれの手技に固有の効果か |
| 偽灸 | 期待、関係性、通院、儀式 | 偽灸が皮膚温を上げてしまう場合の温熱効果 |
| 対照なし(前後比較) | 何も差し引けない | —— |
0-2 エビデンスの階層
| 階層 | デザイン | 典型的な弱点 |
|---|---|---|
| A | 盲検化された無作為化比較試験、系統的レビュー・メタ解析 | 本数が少ない。偽刺激の妥当性が問われる |
| B | 健常者を対象とした実験(客観指標つき) | 対象数が小さい。観察が短時間 |
| C | 動物実験(機序の解明) | 刺激条件がヒト臨床と異なる |
| D | 非盲検の無作為化比較試験、単群前後比較 | 出版バイアスが大きい |
| E | 症例報告、実技者の実測報告(非査読) | 査読がない。ただし測定条件が詳しいことがある |
0-3 第1巻との関係
本書が扱う対象——不定愁訴、MUS、身体症状症、身体的苦痛症——の定義と測り方は、第1巻『灸の臨床|不定愁訴① 病態と測り方』で扱った。本書は定義を前提として進める。定義が曖昧なままでは、効果の議論は成立しない。
本書には、灸に不利な結果を報告した試験も、有利な結果を報告した試験も同じ扱いで並べてある。どちらかを強調するために配置を変えていない。読者が自分で重みづけできるよう、各試験の対照・対象数・アウトカム・限界を同じ形式で書いた。
直接の証拠を探す
まず、最も知りたい問いから始める。身体症状症または身体的苦痛症と診断された患者に灸を据えたら、偽灸と比べて何が変わるのか。答えは短い。
この部を読むと灸と不定愁訴について、直接の証拠がどこまで存在しないのかを正確に言えるようになる。
01診断基準で選ばれた患者への灸の試験はあるか
この章の結論は1行で書ける。今回の調査範囲では、見出せなかった。以下は、その空白の輪郭である。
1-1 探した範囲
本教材の作成にあたって、英語・日本語・中国語圏の文献を7つの角度から検索した。系統的レビューとメタ解析、Cochraneと診療ガイドライン、測定手法つきのヒト実験、動物実験、分子レベル、日本語文献、安全性・有害事象である。さらに方法論(偽灸デバイスの妥当性検証)と背景生理学を加えた。
その結果、DSM-5の身体症状症またはICD-11の身体的苦痛症の診断基準で対象者を選び、灸単独を偽灸と比較した無作為化比較試験は見出せなかった。
1-2 「見出せなかった」の意味
存在しないことの証明ではない。今回の検索範囲と検索語で到達できなかった、という報告である。ただし、身体症状症を対象とした鍼の系統的レビューが2025年に公表されており、そこでも灸単独の試験は組み入れられていない(第2章)[1]。この分野で系統的な検索を行った独立の研究チームも、同じ空白に行き当たっている。
「灸は不定愁訴に効きます」と説明するとき、その根拠は直接の試験ではない。隣接する症候群の試験からの外挿である。外挿であることを患者に隠さないほうがよい。隠さずに説明しても施術を選ぶ患者はいるし、隠して説明した信頼は、後で必ず失われる。
02鍼の系統的レビューが到達した地点
灸ではなく鍼であれば、身体症状症を対象とした系統的レビューが存在する。そこで得られた数値は、この分野の現在地を示している。
2-1 9,526本から5研究
PubMed・Embase・Cochrane Library・Web of Science・CNKIを含む8つのデータベースを、開始時点から2024年3月15日まで検索した系統的レビューがある。鍼を単独または他療法と併用して身体症状症に用いた無作為化比較試験を対象とした[1]。
9,526本の文献から選ばれたのは5研究・376人である[1]。
2-2 報告された効果
4研究の統合では、鍼にパロキセチンまたはデュロキセチンを併用した群と、薬物単独群のHAMA(ハミルトン不安評価尺度)得点変化の平均差は、4週時点で−1.94(95%CI −3.71〜−0.17、p = 0.03)、6〜8週時点で−3.17(95%CI −6.38〜0.04、p = 0.05)であった[1]。
一方、痛みの数値評価尺度(NRS)の変化については、鍼+デュロキセチン群とデュロキセチン単独群の差は2週(−1.25、95%CI −3.03〜0.53、p = 0.17)、4週(−0.96、95%CI −2.30〜0.38、p = 0.16)、6〜8週(−1.27、95%CI −3.81〜1.26、p = 0.33)のいずれでも有意ではなかった[1]。
| アウトカム | 時点 | 平均差 | 95%信頼区間 | p値 |
|---|---|---|---|---|
| HAMA(不安) | 4週 | −1.94 | −3.71〜−0.17 | 0.03 |
| HAMA(不安) | 6〜8週 | −3.17 | −6.38〜0.04 | 0.05 |
| NRS(痛み) | 2週 | −1.25 | −3.03〜0.53 | 0.17 |
| NRS(痛み) | 4週 | −0.96 | −2.30〜0.38 | 0.16 |
| NRS(痛み) | 6〜8週 | −1.27 | −3.81〜1.26 | 0.33 |
2-3 著者らの評価
組み入れられた全研究にバイアスの懸念または高いバイアスリスクがあり、GRADEによる確実性はすべてのアウトカムで低または非常に低と判定された。有害事象の発生率は、鍼+SSRI/SNRI群と薬物単独群で同等であった。著者らの結論は、SSDに伴う不安に対して鍼を併用する潜在的な上乗せ効果が示唆されるが、痛みへの効果は一貫せず、有効性と安全性の確認には大規模で質の高い試験が必要というものである[1]。
この5研究はいずれも、鍼を薬物に上乗せする設計である。鍼単独を偽鍼と比べた試験ではない。したがって、ここから「鍼だけで身体症状症が改善する」とは言えない。灸についてはこの水準の証拠もない。
03なぜ直接の証拠が育たないのか
空白の理由を理解しておくと、いつ埋まるのか、自分に何ができるのかが見える。
3-1 診断がつく場所と、施術を受ける場所が違う
身体症状症の診断は精神科・心療内科の領域で行われる。一方、この訴えをもつ人が灸を受けるのは鍼灸院である。診断基準で対象者を選ぶには、診断のできる施設と施術のできる施設が連携した研究体制が要る。第1巻で見たとおり、質問票だけでSSDを同定しようとしても感度69%・特異度70%にとどまる。
3-2 アウトカムが定まらない
この集団の訴えは多彩で、人によって中心が違う。単一の主要評価項目を置きにくい。第1巻で扱ったMYMOPのように患者が項目を決める尺度は、この問題への一つの応答である。
3-3 研究の資金と地理的な偏り
灸の臨床試験は圧倒的多数が中国で実施されており、その多くは中医学の証概念(気虚・陽虚など)で対象者を選んでいる。第8章で見る「亜健康」の試験群がその典型である。DSM-5やICD-11の基準で選ぶという発想が、そもそも研究の設計に入っていない。
この空白は、鍼灸師の側から埋められる部分がある。第1巻で扱った国際的な尺度(SSS-8など)を自院の記録で使い続けることは、将来の研究の土台になる。すでに検証された尺度を使うことは、無料で、明日からできて、しかも他者に通じる。
隣接症候群から借りる
直接の証拠がない以上、近い症候群の試験を読むほかない。ただし借りるには作法が要る。この部では6つの領域の試験を、対照の種類ごとに並べる。
この部を読むと隣接する症候群の試験から何を借りてよく、何を借りてはいけないかを線引きできるようになる。
04慢性疲労症候群——15試験1,030人
不定愁訴のなかで最も頻度の高い訴えは倦怠感である。慢性疲労症候群に対する灸には、系統的レビューとメタ解析が存在する。ただし対照の種類に注意が要る。
4-1 組み入れられた試験
7つのデータベースを2021年1月まで検索した系統的レビューでは、15研究・1,030人が組み入れられた。15試験はすべて中国の異なる省で実施されており、発表年は2007年から2020年である[2]。
対照は2種類で、鍼が10試験、薬物が5試験(フルオキセチン、ビタミン類、パロキセチン)であった[2]。偽灸を対照とした試験は含まれていない。
4-2 報告された効果
| アウトカム | 対照 | 効果量 | 95%信頼区間 | p値 |
|---|---|---|---|---|
| 総有効率 | 鍼 | OR 4.58 | 2.85〜7.35 | <0.00001 |
| 総有効率 | 薬物 | OR 6.36 | 3.48〜11.59 | <0.00001 |
| 疲労尺度 FS-14 | 対照群全体 | WMD −2.20 | −3.16〜−1.24 | <0.00001 |
| 疲労評価票 FAI | 対照群全体 | WMD −16.36 | −26.58〜−6.14 | 0.002 |
4-3 不均一性が語っていること
統合された結果の不均一性は、アウトカムによって大きく異なる。総有効率では不均一性は認められなかった(p = 0.91、I² = 0%)。しかしFS-14では明白な不均一性があり(p < 0.00001、I² = 98%)、FAIでも3試験のあいだに不均一性が認められた(p = 0.03、I² = 70%)[2]。
I² = 98%は、統合された平均値がどの試験の実態も代表していない可能性が高いことを意味する。この状況で点推定値だけを引用するのは、統計の使い方として適切ではない。
4-4 方法論の質
割り付けの隠蔽について詳細を記載していたのは2試験のみである。灸の操作の性質上、患者の盲検化は実行不可能とされ、盲検化の詳細に言及した研究は1試験にとどまった[2]。GRADEによる証拠の質は中等度から非常に低と評価されている[2]。
4-5 有害事象
15試験のうち有害事象の詳細を報告したのは8試験で、うち6試験は有害事象なしと報告した。残る2試験がいずれも軽度の熱傷1例ずつを報告している[2]。
組み入れ試験の方法論的な質が低いこと、中国語データベース由来による言語バイアス、多くの試験で標本が小さいこと、FS-14とFAIの解析における高い不均一性。著者らの結論は「限られた証拠に基づけば、灸は慢性疲労症候群に対する有効で安全な補完療法でありうる」であり、確認にはさらに質の高い試験が必要としている[2]。
「灸は鍼より慢性疲労に有効(OR 4.58)」という一文だけを取り出してはならない。この数値は、盲検化が事実上なされていない15試験の統合であり、比較相手は無処置ではなく鍼である。臨床で言えるのは「灸を含む施術を受けた群で、疲労の指標が改善したという報告が複数ある。ただし試験の質は高くない」までである。
05ネットワークメタ解析が並べた順位
直接比較のない治療同士を間接的に比べる手法がネットワークメタ解析である。順位が出るため引用されやすいが、順位の読み方には注意が要る。
5-1 51試験3,473人
英語圏と中国語圏のデータベースを、開始時点から2021年8月まで検索したネットワークメタ解析では、51の無作為化比較試験・3,473人の慢性疲労症候群患者が組み入れられた。比較されたのは、鍼、灸、鍼+灸、中薬、それらの併用、西洋医学、無対照である[3]。
5-2 報告された値
主要アウトカムは総有効率とFS-14である。原著の記載では、総有効率において灸および中薬が良好であり(オッズ比48、95%信用区間 15〜150)、FS-14総得点では灸+鍼が良好であった(平均差4.5、95%信用区間 3.0〜5.9)[3]。
41試験は低リスクまたは不明リスクと判定され、統合結果のGRADEスコアは低い水準を示した[3]。
信用区間が15から150まで開いている。これは推定の不確実性が極めて大きいことを示す。オッズ比48は「48倍効く」という意味ではなく、総有効率という主観的判定に基づく二値アウトカムの比である。総有効率は判定基準が試験ごとに異なり、非盲検下では判定者の期待が入りやすい。この数値を臨床効果の大きさとして紹介してはならない。
ネットワークメタ解析の順位表は、質の低い試験を大量に集めても順位そのものは出てしまう。順位が出ていることと、順位が信頼できることは別である。GRADEが低いと明記された順位表は、研究の方向づけには使えても、患者への説明には使えない。
06がん関連倦怠感——偽灸と通常ケアを両方置いた試験
本書のなかで最も設計の整った試験である。偽灸と通常ケアの両方を対照に置いたため、灸に固有の効果と非特異的効果を分けて読むことができる。
6-1 設計
多施設・評価者盲検の無作為化比較試験。がん関連倦怠感をもつ96人が、灸群・偽灸群・通常ケア群に無作為に割り付けられた。灸群と偽灸群は8週間の施灸を受け、通常ケア群は受けなかった。評価はベースラインと5週・9週・13週で行われた[4]。
主要評価項目はBFI(Brief Fatigue Inventory)得点、副次的にFACT-F、認知機能、生活の質、寒熱・虚実の評価が用いられた[4]。
6-2 結果
BFI得点は通常ケア群と比べて灸群で有意に低下した。平均差は9週時点で−1.92(p < 0.001)、13週時点で−2.36(p < 0.001)である[4]。
ここからが重要である。偽灸群も治療期間中は有意な改善を示した。灸群だけが改善を示したのは、治療終了後4週間の追跡期間においてであった(平均差 −1.06、p < 0.001)[4]。重篤な有害事象はなかった[4]。
| 比較 | 時点 | BFIの平均差 | p値 |
|---|---|---|---|
| 灸 vs 通常ケア | 9週 | −1.92 | <0.001 |
| 灸 vs 通常ケア | 13週 | −2.36 | <0.001 |
| 追跡期間中の改善 | 治療後4週 | −1.06 | <0.001 |
6-3 この試験が示していること
治療期間中は偽灸でも改善が起きた。つまり、施術期間中に観察される改善の相当部分は、灸の温熱そのものに由来しない可能性がある。両群の差が現れたのは治療をやめた後であり、著者らはこれを4週間の追跡期間にわたる効果の持続として報告している[4]。
この試験の構造は、施術の判定時期に直結する。通っているあいだの改善は、偽灸でも起きる。灸に固有の何かがあるとすれば、それはやめた後に残る差として現れる可能性がある。したがって、施術をいったん止めて2〜4週後にもう一度測る、という判定の仕方には合理性がある。「良くなっているので続けましょう」だけでは、何を確かめたことにもならない。
07更年期のほてり——待機群比較の限界
更年期症状は不定愁訴として語られることの多い訴えである。灸の試験は存在するが、対照が待機群であるために言えることは限られる。
7-1 設計と結果
51人が灸1群・灸2群・待機群の3群に無作為に割り付けられた。灸群は4週間で14回の施灸を受け、終了後さらに2週間追跡された。灸1群のプロトコルは臨床専門家の意見に、灸2群は公表文献に基づいて組まれている[5]。
主要評価項目はほてりの頻度と重症度、副次的に更年期特異的QOL尺度(MENQOL)と更年期評価尺度である。4週時点で、ほてりの重症度と頻度の差は治療群と対照群のあいだで統計的に有意となった。MENQOL得点では灸2群と他の2群のあいだに有意差が認められた[5]。
7-2 著者ら自身の留保
著者らの結論は「灸は対照と比べて更年期のほてりの頻度と重症度を減少させることを示唆する」であり、続けて「より大きな標本で、可能であればプラセボ対照を含めた、さらなる研究を推奨する」と書かれている[5]。
対照が待機群である以上、この差には期待・関係性・通院・儀式のすべてが含まれている。第6章で見たとおり、がん関連倦怠感では偽灸群も治療期間中は有意に改善した[4]。待機群との差は、灸の効果の上限を示すのであって、灸に固有の効果を示すのではない。
08「亜健康」に対する灸
中国語圏には「亜健康(sub-health)」という概念がある。疾患とは診断されないが健康でもない状態を指し、日本語の「不定愁訴」に最も近い研究対象である。この領域には灸の試験が複数ある。
8-1 更年期前後の女性を対象とした試験
60人が灸群と対照群に無作為に割り付けられた。灸群は両側の腎兪(BL23)に1日15分の温和灸を受けた。5日を1クールとし、クール間に2日の間隔を置いて4クール実施した。対照群にはビタミンE軟カプセルが28日間投与された[6]。
身体状態・生活状態・情動状態の得点は、治療後に対照群と比べて有意に改善した(p < 0.05)。血清エストラジオール値は施灸後に有意に上昇し、閉経前の女性で特に顕著であった(p < 0.01)[6]。
8-2 同一プロトコルの別報告
同じ枠組みで、生活の質と性ホルモン・抗ミュラー管ホルモン(AMH)を測った報告がある。60人を灸群30人・薬物群30人に分け、生活の質の得点は両群とも治療後に有意に上昇したが(いずれもp < 0.01)、灸群のほうが優れていた(p < 0.05)。エストラジオールとプロゲステロンは灸群で有意に上昇し、閉経前で顕著であった(いずれもp < 0.01)。AMHは有意に改善したが(p < 0.01)、インヒビンBには有意差がなかった(p > 0.05)[7]。
8-3 陽虚体質を対象とした試験
陽虚体質の亜健康者60人を治療群と対照群に等分した試験もある。両群とも金匱腎気丸を1回8丸・1日3回服用し、治療群にはさらに臍への施灸を週2回・計3か月行った。治療群では精神疲労・四肢の冷えと温かさを好む傾向・腰と四肢のだるさ・軟便の症状得点が有意に低下し(p < 0.05)、対照群より優れていた(p < 0.05)。著明改善は治療群18例(60.0%)・対照群7例(23.3%)、有効率は93.3%と63.3%であった[8]。
| 試験 | 対象 | 対照 | 偽灸 |
|---|---|---|---|
| 更年期前後の女性 | 60人 | ビタミンE内服 | なし |
| 更年期前後の女性(ホルモン) | 60人 | ビタミンE内服 | なし |
| 陽虚体質 | 60人 | 漢方薬のみ(両群とも服用) | なし |
3試験のいずれにも偽灸対照がない(階層D)。ビタミンE内服や漢方薬服用を対照とした比較では、施灸という行為に伴う非特異的要素がすべて灸群にだけ加わる。第13章で見るとおり、その要素だけで症状緩和の報告割合は大きく動きうる。また、これらはいずれも中国で実施された試験であり、第15章で扱う出版バイアスの問題を直接に受ける。
「亜健康」の試験群は、日本の鍼灸院で扱う訴えに最も近い対象を扱っている。だからこそ引用したくなる。しかし対照の設計が弱く、そのままでは効果の根拠にならない。使うなら「同じような訴えを対象にした試験は中国に複数あるが、いずれも偽灸との比較ではない」と添える。
09機能性便秘——偽灸と差がなかった試験
偽灸を対照に置いた試験は、置かなかった試験とは違う結果を出すことがある。この章の試験は、灸群と偽灸群のあいだに差を見出さなかった。
9-1 設計
無作為化・偽対照・参加者盲検のパイロット試験。気虚証または気実証と判定された26人が灸群と偽灸群に割り付けられ、両側のST23とST27の計4か所の経穴に、週3回・4週間の施灸または偽施灸を受けた。主要評価項目は排便回数、副次的にブリストル便形状スケール(BSS)と便秘評価尺度(CAS)である[9]。
9-2 結果
| アウトカム | 群間差 | 95%信頼区間 | p値 |
|---|---|---|---|
| 排便回数 | −0.25 | −2.08〜1.58 | 0.78 |
| 便形状 BSS | −1.22 | −2.7〜0.26 | 0.1 |
| 便秘評価 CAS | 0.91 | −1.46〜3.28 | 0.44 |
群内の変化を見ると、排便回数は灸群で週3.3回から4.6回へ(1.5[−0.5, 2]、p = 0.06)、偽灸群で2.7回から3.7回へ(1[−1, 2]、p = 0.15)増加した[9]。どちらの群でも増えている。群間差がなかったのは、両群で同じように増えたからである。
なお、発汗・顔貌・痛み・気力・脈の評価に基づく虚実の別による差は、排便回数においてのみ有意であった(3.3、95%CI 0.41〜6.19、p = 0.03)[9]。著者らの結論は、灸治療は安全と考えられるが便秘に対して陽性の効果は示さなかった、灸の有効性は証のパターンに依存する可能性があり、より大きな標本での長期研究が必要というものである[9]。
この試験の群内変化(灸群 3.3→4.6回、偽灸群 2.7→3.7回)は、施術前後の比較だけを見ていたら「効いた」と読める大きさである。偽灸群を置いたからこそ、その改善が灸に固有のものではないと分かった。自院で前後比較を取るときは、この試験を思い出す。
10変形性膝関節症——偽灸に勝った試験
公平を期すために、偽灸に対して有意差を示した試験も置く。対象は不定愁訴ではないが、偽灸を用いた比較の実例として重要である。
10-1 疼痛と機能
無作為化・二重盲検・プラセボ対照試験。慢性の変形性膝関節症疼痛をもつ110人が、実灸群55人と偽灸群55人に割り付けられ、犢鼻(ST35)・内膝眼(EX-LE4)・阿是穴に週3回・6週間の施術を受けた[10]。
WOMAC疼痛得点は実灸群で有意に大きく改善し、3週(p = 0.012)、6週(p < 0.001)、12週(p = 0.002)、24週(p = 0.002)のいずれの時点でも差が認められた。身体機能得点は3週(p = 0.002)、6週(p = 0.015)、12週(p < 0.001)で有意だったが、24週では有意ではなかった(p = 0.058)[10]。
患者と施術者の盲検化は成功しており、試験期間中に重大な有害事象は認められなかった[10]。
10-2 生活の質
同じ枠組みで生活の質を測った別の試験では、150人が実灸群77人と偽灸群73人に割り付けられ、週3回・6週間の施術を受けた。136人が解析対象となり、SF-36の全体的健康感(GH)は6週(p = 0.015)と12週(p = 0.029)で、活力(VT)は12週(p = 0.042)で、実灸群のほうが有意に大きく改善した[11]。
偽灸との比較で有意差が出る領域は存在する。したがって「灸は偽灸と区別できない」と一般化することはできない。同時に、機能性便秘では差が出なかった[9]。領域ごとに結果が違うという事実そのものが、この分野の現在地である。
11外挿の作法
ここまでの6領域を、対照の種類で並べ直す。不定愁訴に外挿するとき、どの試験にどれだけの重みを置くべきかが見える。
| 領域 | 対象数 | 対照 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 慢性疲労症候群[2] | 15試験1,030人 | 鍼・薬物 | 対照より有意に改善(I²最大98%) |
| 慢性疲労症候群[3] | 51試験3,473人 | 複数(間接比較) | 順位が算出された(GRADE低) |
| がん関連倦怠感[4] | 96人 | 偽灸・通常ケア | 通常ケアには優る。偽灸も治療中は改善 |
| 更年期のほてり[5] | 51人 | 待機 | 待機群より有意に改善 |
| 亜健康[6][7][8] | 各60人 | ビタミンE・漢方薬 | 対照より有意に改善 |
| 機能性便秘[9] | 26人 | 偽灸 | 有意差なし |
| 変形性膝関節症[10][11] | 110人・150人 | 偽灸 | 偽灸より有意に改善 |
11-1 外挿するときの3つの条件
- 対象が近いか。倦怠感や更年期症状は不定愁訴と重なるが、変形性膝関節症は重ならない。膝の試験は「偽灸で差が出ることもある」という方法論上の事実としてのみ使う
- 対照が何か。待機群・薬物対照の結果は、灸に固有の効果の上限しか示さない
- アウトカムが患者の関心と一致するか。総有効率は判定基準が試験ごとに異なる。血清ホルモン値の変化は、患者が感じている症状の変化ではない
患者に説明するときの言い方の例。「あなたの症状そのものを対象にした灸の研究は見つかっていません。近い症状——強い倦怠感や更年期のほてり——では、灸を受けた群のほうが良くなったという報告があります。ただし、灸をしていないふりの施術と比べた研究は少なく、比べたものでは差が出ないこともあります」。この説明で失われる患者は、失われてよい。
効果のどこまでが灸か
ここが本書の中核である。施術のあとに患者が良くなったとき、その改善のどこまでが灸で、どこからが灸以外なのか。この問いには、実際に測られた数値がある。
この部を読むと観察された改善を、灸・非特異的効果・自然経過に分けて考えられるようになる。
12偽灸は作れる
「灸は盲検化できないから偽対照は無理だ」という擁護がある。これは事実ではない。妥当性を検証した偽灸デバイスが存在する。
12-1 デバイスの設計
実灸と偽灸の艾柱は、専用の台座に艾炷を固定して作られた。両者は外見・燃焼の過程・燃え残りが互いに似ているが、偽灸の台座は艾から出る熱と煙を遮断し、皮膚に到達しないようにしてある[12]。
12-2 盲検化の検証
二重盲検・無作為化・プラセボ対照のパイロット試験として、北京市朝陽区の地域外来施設で2003年11月初旬から12月下旬に実施された。55歳から75歳の志願者71人が、治療群36人と偽対照群35人に無作為に割り付けられ、風邪の予防のために足三里(ST36)へ2日に1回・1か月間の施灸を受けた[12]。
試験前に、灸に関する知識・参加動機・期待を評価する質問票が配られた。両群のあいだで、過去の施灸経験・灸の知識・期待・動機に有意差はなかった[12]。
試験終了時、「実灸を受けたと思う/偽灸を受けたと思う/どちらか分からない」と答えた人数は、治療群で30・0・5、偽対照群で29・0・4であり、群間に統計的な差はなかった(p = 1.000)。2人の施術者による判定でも群間差はなかった(p = 0.811、p = 0.840)[12]。
| 回答 | 治療群(36人) | 偽対照群(35人) |
|---|---|---|
| 実灸を受けたと思う | 30 | 29 |
| 偽灸を受けたと思う | 0 | 0 |
| どちらか分からない | 5 | 4 |
| 群間差の検定 | p = 1.000 | |
著者らの結論は、この偽灸デバイスは妥当性が検証され、灸の臨床研究において有効なプラセボ対照として、二重盲検のプロトコルを満たしうるというものである[12]。
偽灸が作れる以上、「灸は盲検化できない」は、偽対照を置かない試験を擁護する理由にならない。第4章の慢性疲労のメタ解析に組み入れられた15試験に偽灸対照が1つもないことは、技術的な限界ではなく、設計上の選択である。文献を読むときは、この区別をつける。
13非特異的効果は積み上がる
施術の場面が持つ要素を分解し、段階的に加えていったらどうなるか。それを実際に行った試験がある。本書のなかで最も重要な数値がここにある。
13-1 設計
ローマII基準を満たし、症状重症度スケールが150点以上の過敏性腸症候群患者262人(76%が女性、平均年齢39歳、SD 14)を対象とした、6週間・単盲検・3群の無作為化比較試験である[13]。
3週間、次のいずれかが割り当てられた[13]。
- 待機(観察のみ)——評価と観察だけを受ける
- 限定的(limited)——偽鍼のみ。治療的儀式が加わる
- 強化(augmented)——偽鍼に加え、温かさ・注意・自信によって患者-施術者関係を強化する
13-2 結果
| アウトカム | 待機 | 限定的 | 強化 | 傾向性 |
|---|---|---|---|---|
| 全般改善スケール(1〜7) | 3.8 | 4.3 | 5.0 | p<0.001 |
| 十分な症状緩和を報告 | 28% | 44% | 62% | p<0.001 |
| 症状重症度得点の改善 | 30 | 42 | 82 | p<0.001 |
| 生活の質の改善 | 3.6 | 4.1 | 9.3 | p<0.001 |
強化群と限定群の対比較はすべて有意であった(全般改善 p < 0.001、十分な緩和 p < 0.001、症状重症度 p = 0.007、生活の質 p = 0.01)。6週後の追跡でも同様の結果であった[13]。
著者らの結論は、プラセボ効果に寄与する要因は、成分ごとの用量漸増に似た形で段階的に積み上げられること、そして非特異的効果は統計的にも臨床的にも意味のある結果を生みうること、そのなかで最も頑健な成分は患者-施術者関係であることである[13]。
3群とも実際の治療は受けていない(偽鍼のみ)。横軸は報告割合、傾向性の検定はp<0.001。文献[13]の報告値による。
この62%は、施術者にとって二重の意味を持つ。第一に、対照を置かない自院の成績は、この幅の中に容易に収まってしまう。第二に、関係性という成分は、施術者が意図的に高めることのできる臨床資源である。前者を忘れると自分を欺き、後者を忘れると使える手段を捨てることになる。両方を持っておく。
14それでも残るもの——20,827人の個別患者データ
非特異的効果が大きいことは、施術に固有の効果がないことを意味しない。慢性疼痛の領域には、両者を分けて測った大規模な解析がある。
14-1 個別患者データメタ解析
2015年12月31日までに発表された無作為化試験のうち、割り付けの隠蔽が適切と明確に判定できたものだけを組み入れ、原著者から生データを取得して統合した解析がある。非特異的筋骨格痛・変形性関節症・慢性頭痛・肩の痛みを対象とし、39試験・20,827人が組み入れられた[14]。
鍼は、偽鍼に対しても無治療対照に対しても、いずれの疼痛病態でも有意に優った(いずれもp < .001)。群間差は、無治療対照との比較でおよそ0.5標準偏差、偽鍼との比較でおよそ0.2標準偏差であった[14]。
効果は時間とともに持続し、1年後の治療効果の減少はおよそ15%にとどまった[14]。
14-2 持続性を詳しく見た解析
同じデータ群を用いて経時的な軌跡を調べた解析では、29試験・17,922人が対象となり、長期追跡データは20試験・6,376人で得られた。無治療対照との比較では効果量の減少は3か月あたり−0.011標準偏差(95%CI −0.014〜0.037、p = 0.4)で、12か月時点でも便益のおよそ90%が維持される計算であった。偽鍼との比較では3か月あたり0.025標準偏差の減少(95%CI 0.000〜0.050、p = 0.050)で、12か月でおよそ50%減弱すると推定された[15]。
| 比較 | 効果量 | 12か月後の維持 |
|---|---|---|
| 無治療対照との比較 | 約0.5 SD | 約90% |
| 偽鍼との比較 | 約0.2 SD | 約50% |
14-3 「特別に反応する人」はいるか
同じ39試験・20,827人のデータで、鍼に例外的によく反応する一群が存在するかどうかが検証されている。もし存在すれば、鍼群の変化量の分布が対照群より右に歪むはずである。実際には対照群のほうが右に歪んでおり、歪度の差はごく小さかった。無治療対照試験で0.124(p = 0.047)、偽鍼対照試験で0.141(p = 0.029)である。事前に規定した感度分析であらかじめ結果が外れ値と分かっていた3試験を除くと、偽鍼との歪度の差は有意ではなくなった(p = 0.2)[16]。
著者らの結論は、例外的な反応者が存在するという考えを支持する証拠は得られなかったというものである[16]。
これらはすべて鍼の、しかも慢性疼痛のデータである。灸ではなく、不定愁訴でもない。ここから灸の効果量を推定することはできない。この章の役割は、「非特異的効果が大きい」という第13章の事実が、「施術に固有の効果は存在しない」を意味しないことを示すことにある。
「この人には特別に効く」という臨床の実感は、慢性疼痛の20,827人のデータでは支持されなかった[16]。よく効いたように見える症例は、分布の右端を後から見ているだけかもしれない。個々の手応えを否定する必要はないが、それを他の患者への説明の根拠にはしない。
15出版バイアス——国別の陽性率
本書で引用した灸の試験は、その大半が中国で実施されている。この事実がどれだけ重いかを、数字で確認しておく。
15-1 1998年の調査
1966年1月から1995年6月までのMedlineの抄録を対象に、2つの調査が行われた。第一の調査は、鍼を受けた群の臨床転帰をプラセボ・無治療・非鍼介入と比較した試験を対象とし、1,085本の抄録から252本が組み入れられた[17]。
その結果、中国・日本・香港・台湾で実施された試験はすべて鍼に対して肯定的であった。ロシア/ソ連の試験も11本中10本が肯定的であった[17]。
15-2 鍼以外でも同じ傾向
第二の調査では、中国・日本・ロシア/ソ連・台湾で発表された鍼以外の介入の無作為化試験・対照試験を、英国で発表されたものと比較した。1,100本の抄録から405本が組み入れられた[17]。
| 発表国 | 陽性結果の割合 |
|---|---|
| 英国 | 75% |
| 日本 | 89% |
| 台湾 | 95% |
| ロシア/ソ連 | 97% |
| 中国 | 99% |
中国およびロシア/ソ連で発表された試験のうち、試験治療が無効であったと報告したものは1本もなかった[17]。著者らの結論は、一部の国は異常に高い割合で陽性結果を発表しており、出版バイアスが説明として考えられる、系統的レビューを行う者はこれらの国のデータの扱い方を慎重に検討すべきである、というものである[17]。
これは1995年までの抄録を対象とした調査であり、その後の研究環境は変化している。したがって現在の中国発の試験すべてに当てはめることはできない。同時に、本書で引用した慢性疲労のメタ解析(15試験すべてが中国[2])や亜健康の試験群[6][7][8]を読むとき、この傾向を頭の片隅に置かない読み方は不用意である。
灸に関する肯定的な報告を見たとき、確認する順序は次のとおりである。どこで行われたか、対照は何か、偽灸があるか、盲検化されているか、アウトカムは主観か客観か。この5つを確認する習慣は、10秒で身につく。
16自然経過と平均への回帰
対照を置かない観察が誤解を生む理由は2つある。自然経過と、平均への回帰である。
16-1 自然経過
MUS・身体化障害・心気症の経過を検討した系統的レビューでは、MUS患者のおよそ50〜75%が改善し、10〜30%が悪化すると報告されている[18]。第1巻で扱った内容だが、効果判定の基準線として本書でも繰り返す。
16-2 平均への回帰
患者が施術を求めて来院するのは、多くの場合、症状が最も強いときである。症状に日内変動や週単位の変動があるなら、最も強い時点の次に測れば、何もしなくても値は下がる。これが平均への回帰である。本書で引用した機能性便秘の試験で、偽灸群でも排便回数が週2.7回から3.7回へ増えた[9]ことは、この現象を含んでいる可能性がある。
初診時のもっとも悪い状態を基準にして「◯割改善した」と語るのは、自然経過と平均への回帰を効果として計上することである。自院の成績を語りたいなら、初診時ではなく2回目来院時の値を基準にする、あるいは症状が落ち着いている時期の値も記録する。第1巻で扱ったSSS-8のような尺度を定期的に取っていれば、変動の幅そのものが見える。
安全性
効果が不確実であるほど、安全性の重みは増す。灸の有害事象は系統的に集められている。
この部を読むと灸の有害事象について、報告されている種類と、発生率が不明であることの両方を伝えられるようになる。
17灸の有害事象と、この集団に固有のリスク
灸は完全に無害な手技ではない。ここでは症例報告と臨床試験の両方から集められた有害事象を確認し、不定愁訴の患者に特有の注意点を加える。
17-1 症例報告の系統的レビュー
灸に関連する有害事象を報告した24論文・64症例を、6か国から集めた系統的レビューがある[19]。
報告された有害事象は、アレルギー、熱傷、感染、咳、悪心、嘔吐、胎児仮死、早産、基底細胞癌、眼瞼外反、色素沈着、そして死亡である[19]。
著者らは、体位、施灸時間、艾と皮膚の距離、施術者の熟練度、患者の状態、煙の有無、施術環境までもが灸の安全性に影響しうるとし、施術者の技術の向上と操作の規格化が有害反応の発生を減らしうると述べている[19]。
17-2 臨床試験からの報告
14のデータベースを検索した別の系統的レビューでは、灸治療に関連する有害事象が、無作為化臨床試験4件、対照臨床試験1件、非対照観察研究2件、症例報告13件、前向き研究1件で報告されていた[20]。
最も多かったのはアレルギー反応、熱傷、蜂窩織炎やC型肝炎などの感染である。臨床試験のなかでは、発赤、水疱形成、かゆみ、煙による不快感、全身倦怠感、胃部不快感、症状の一時的増悪、頭痛、熱傷が報告された。妊婦では、心窩部や季肋部の圧痛、悪心を伴うまたは伴わない不快な臭気と咽頭症状、腹痛、早産、前期破水、前置胎盤への過度の圧迫による出血が報告されている[20]。
著者らの結論は、灸は完全に無リスクではなく、アレルギー・熱傷・感染などの潜在的な有害事象があるが、現時点でこれらの発生率は不明であるというものである[20]。
| レビュー | 収集された事例 | 頻度の高い事象 |
|---|---|---|
| 症例報告のレビュー[19] | 24論文・64症例・6か国 | アレルギー、熱傷、感染 |
| 有害事象のレビュー[20] | 21件の各種研究 | アレルギー反応、熱傷、感染 |
灸の熱傷そのものの機序と深度分類については、本ライブラリの『お灸の安全性』で詳しく扱っている。
17-3 この集団に固有の注意点
以下は、本書で引用した知見から導ける整理であり、ガイドラインではない。
- 症状の一時的増悪が起こりうることが臨床試験で報告されている[20]。第1巻で扱った予測処理の枠組みでは、身体感覚への注意が高まっている集団において、新たな感覚入力が症状として登録される可能性がある。事前に「据えた後に一時的に感じ方が変わることがある」と伝えておく
- 複数の医療機関を受診していることが多い。SSS-8の重症度区分が1段階上がるごとに受診回数は53%増加すると報告されている(第1巻)。他院で受けている治療との重複を確認する
- 効果の断定が害になりうる。効くと断定して効かなかった経験は、この集団にとってはすでに何度も繰り返されてきたことである
灸の有害事象の発生率は不明である[20]。分母が分かっていない以上、「めったに起きない」と言い切ることはできない。言えるのは、報告されている事象の種類と、それを減らす条件(体位・時間・距離・熟練度・患者の状態・煙・環境)である[19]。この6条件は、施術のたびに自分で点検できる。
臨床判断
ここまでの証拠を、明日の施術室で使える形に組み直す。そして、この分野に残っている空白を正確に言葉にする。
この部を読むと効果を保証しない代わりに、判定できる形で施術を設計できるようになる。
18施術としての設計
直接の証拠がない領域で施術を設計するとは、効果を保証することではなく、判定できる形を作ることである。
18-1 測る
第1巻で扱った尺度を用いる。SSS-8は8項目・0〜32点で、重症度区分(0〜3・4〜7・8〜11・12〜15・16〜32)が設定されている。区分が1段階上がるごとに医療機関の受診回数は53%増加すると報告されている[21]。加えて、患者自身に「何がどうなったら来てよかったと思えるか」を1つか2つ挙げてもらう。
18-2 いつ判定するか
本書の第6章で見たとおり、がん関連倦怠感の試験では偽灸群も治療期間中は有意に改善し、灸群だけの改善が現れたのは治療終了後の追跡期間であった[4]。この構造は判定の設計に直接使える。
- 初診時に尺度を取る
- 4週後・8週後に同じ尺度を取る
- 8週の時点でいったん施術を止め、2〜4週後にもう一度測る
- 止めても保たれているかどうかで、継続の可否を患者と決める
18-3 いつやめるか
自然経過ではMUS患者の50〜75%が改善する[18]。したがって、施術を続けているあいだの改善は、それ自体では継続の理由にならない。逆に、8週続けて尺度が動かない場合、同じ施術を続ける根拠は本書の範囲では見出せない。
| 設計 | 根拠となる知見 |
|---|---|
| 検証された尺度を定期的に取る | 重症度区分と医療利用の対応が測られている[21] |
| 施術中の改善だけで判定しない | 偽灸群も治療期間中は有意に改善した[4] |
| いったん止めて測り直す | 群間差は治療終了後の追跡期間に現れた[4] |
| 自然経過を基準線として持つ | 無処置でも50〜75%が改善する[18] |
| 関係性を臨床資源として扱う | 関係性の強化で症状緩和の報告割合が44%から62%へ[13] |
| 安全条件を毎回点検する | 体位・時間・距離・熟練度・患者状態・煙・環境[19] |
この設計は、施術者を守るためのものでもある。判定の時期と基準をあらかじめ患者と共有しておけば、効かなかったときに「もっと続ければ効く」と言わずに済む。際限のない通院を勧めない仕組みを、最初に自分で組んでおく。
19未解決問題と、次に必要な研究
本書の調査範囲で確認できた空白を列挙する。空白が分かっていることは、埋まっていると誤解しているよりも臨床的に安全である。
19-1 確認できた空白
| 問い | 現時点で分かっていること |
|---|---|
| 診断基準で選ばれた患者への灸の偽対照試験 | 今回の調査範囲では見出せなかった |
| 慢性疲労に対する灸と偽灸の比較 | 15試験のいずれにも偽灸対照がない[2] |
| 灸の有害事象の発生率 | 不明[20] |
| 灸の効果が持続する期間 | がん関連倦怠感で治療後4週まで[4]。それ以上の追跡は見出せなかった |
| 日本語圏の対照群つき試験 | 見出せなかった |
| 灸に反応しやすい患者の特徴 | 灸では見出せなかった。鍼の慢性疼痛データでは例外的反応者は支持されなかった[16] |
19-2 機序側の空白
灸の刺激が消化管・自律神経に及ぼす影響については動物実験がある。過敏性腸症候群の下痢型モデルラットを対象とした21研究・680匹のメタ解析では、腹壁退避反射の閾値容量が上昇し(SMD 1.84、95%CI 1.09〜2.60、p < 0.00001)、軟便率が低下し(SMD −4.03、95%CI −5.76〜−2.30)、結腸の5-ヒドロキシトリプタミン(SMD −3.67、95%CI −5.33〜−2.01)、血清インターロイキン-1β(SMD −3.24、95%CI −4.06〜−2.41)、腫瘍壊死因子α(SMD −2.35、95%CI −4.12〜−0.58)、サブスタンスP(SMD −5.14、95%CI −8.45〜−1.83、p = 0.002)が低下した。一方、カルシトニン遺伝子関連ペプチドには変化がなかった(p = 0.15)[22]。
これは動物実験のメタ解析であり(階層C)、著者ら自身も組み入れ研究の量と質の制約から結論にはさらなる検証が必要としている[22]。ヒトの不定愁訴に直接適用できるものではない。
19-3 自律神経指標をめぐる報告
慢性疲労症候群患者を対象に、心拍変動を指標として鍼と灸を比較した無作為化比較試験がある。健常者35人を対照群とし、慢性疲労症候群患者175人を偽鍼群・足三里(ST36)群・関元(CV4)群・両穴群・灸群の5群(各35人)に無作為に割り付け、隔日に計10回の治療を行った。心拍変動は治療前、1回目の治療後、4回目の治療後、治療終了時に測定された[23]。
著者らの結論は、鍼は心拍変動の即時的な調節に優れ、灸は長期的な調節に優れるというものである[23]。灸の自律神経への作用そのものについては、本ライブラリの『灸と自律神経①』および『灸と自律神経②』で扱っている。
19-4 次に必要な研究
本書の内容から導ける優先順位は次のとおりである。
- 身体症状症または身体的苦痛症の診断基準で対象者を選び、検証済みの偽灸デバイス[12]を対照に置いた無作為化比較試験
- 主要評価項目に、検証された症状負担尺度と患者が選ぶ尺度の両方を置くこと
- 治療終了後の追跡を最低3か月置き、施術中の改善と施術後に残る差を分けて報告すること
- 有害事象の発生率を分母つきで報告する前向き研究
これらの空白は、灸を据えてはいけない理由ではない。効果を断定してはいけない理由である。不定愁訴をもつ人は、断定された説明とその不履行を何度も経験してきていることが多い。断定しない説明は、この集団に対してはむしろ誠実さとして受け取られる。
理解度チェック
全13問。選択するとその場で正誤と解説が出ます。各設問は設問文だけで解ける形にしてあり、前提となる試験の条件は設問文の中に書いてあります。自己確認のための演習であり、資格や技能を証明するものではありません。
8つのデータベースから9,526本を検索し、身体症状症に対する鍼の無作為化比較試験を集めた系統的レビューでは、5研究376人が組み入れられた。この5研究に共通する設計上の特徴はどれか。
組み入れられた研究は、鍼をパロキセチンまたはデュロキセチンに併用する設計が中心であった。したがって「鍼だけで身体症状症が改善する」とは言えない。Aは偽鍼単独比較で、この5研究の中心的な設計ではない。C・Dはこのレビューの対象ではない。根拠:第2章/[1]
身体症状症または身体的苦痛症の診断基準で選ばれた患者を対象に、灸単独を偽灸と比較した無作為化比較試験について、現時点で言えることはどれか。
英語・日本語・中国語圏を7つの角度から検索したが、この条件を満たす試験は見出せなかった。存在しないことの証明ではないが、身体症状症を対象とした鍼の系統的レビューでも灸単独の試験は組み入れられていない。A・B・Cはいずれも存在を前提としており、根拠がない。根拠:第1章・第19章/[1]
慢性疲労症候群に対する灸の系統的レビュー(15研究・1,030人)で用いられた対照はどれか。
対照は鍼が10試験、薬物(フルオキセチン、ビタミン類、パロキセチン)が5試験であり、偽灸対照は1つも含まれていない。したがって、このレビューの結果から灸に固有の効果を切り分けることはできない。A・B・Dはいずれも組み入れられていない対照である。根拠:第4章/[2]
あるメタ解析で、統合された疲労尺度の不均一性がI²=98%と報告された。この値の解釈として適切なものはどれか。
I²は試験間のばらつきが偶然では説明できない程度を示す指標であり、98%は極めて大きい不均一性を意味する。この状況で点推定値だけを引用すべきではない。Bは意味が逆。C・DはI²の定義とは無関係な読み方である。根拠:第4章/[2]
がん関連倦怠感をもつ96人を灸群・偽灸群・通常ケア群に割り付けた多施設・評価者盲検試験で、偽灸群について報告されたことはどれか。
偽灸群も治療期間中は有意な改善を示した。灸群だけが改善を示したのは治療終了後4週の追跡期間であり、この構造が判定時期の設計に直結する。A・Bは報告と異なる。Dは灸群について述べられたことで、偽灸群のことではない。根拠:第6章/[4]
機能性便秘の患者を灸群と偽灸群に割り付けた試験では、排便回数が灸群で週3.3回から4.6回へ、偽灸群で2.7回から3.7回へ増加し、群間差は−0.25(95%CI −2.08〜1.58、p=0.78)であった。この結果から言えることはどれか。
両群とも群内では増加したが、群間差の信頼区間は0をまたぎp=0.78であった。前後比較だけを見れば「効いた」と読める大きさの変化が、偽灸群でも同じように起きている。Aは変化の向きが逆。C・Dは群間差がなかったことと整合しない。根拠:第9章/[9]
中国語圏の「亜健康」を対象とした灸の試験3件では、対照としてビタミンE内服または漢方薬服用が用いられた。この設計から言えないことはどれか。
偽灸対照がないため、施灸という行為に伴う期待・関係性・通院・儀式の要素がすべて灸群にだけ加わっている。したがって温熱刺激に固有の効果とは言えない。A・B・Cはいずれも報告された事実であり、この設計から言える。根拠:第8章・第11章/[6][7][8]
熱と煙を遮断する台座を用いた偽灸デバイスを、55〜75歳の志願者71人で検証した二重盲検試験では、実灸を受けたと思うと答えた人数は治療群30人・偽対照群29人であった(p=1.000)。この結果が意味することはどれか。
両群でほぼ同じ人数が実灸を受けたと判断しており、群間差はなかった。すなわち盲検化が成立している。Bは台座が熱と煙を遮断する設計であることと整合しない。Cは試験前の質問票で期待に有意差がなかったと報告されている。Dは施術者の判定でも群間差がなかった(p=0.811、0.840)ため誤り。根拠:第12章/[12]
過敏性腸症候群の患者262人を、待機・偽鍼のみ・偽鍼+関係性の強化の3群に割り付けた試験で、十分な症状緩和を報告した割合はどう変化したか。
3群はいずれも実際の治療を受けていない。それでも報告割合は28%・44%・62%と段階的に上昇し、傾向性の検定はp<0.001であった。著者らは最も頑健な成分を患者-施術者関係としている。A・B・Dはいずれも報告と異なる。根拠:第13章/[13]
慢性疼痛を対象とした39試験・20,827人の個別患者データメタ解析で報告された、鍼と対照の群間差の大きさはどれか。
無治療対照との差が約0.5標準偏差、偽鍼との差が約0.2標準偏差である。この0.2は、非特異的効果を差し引いても残る部分にあたる。Cは大小が逆。Dはいずれの比較でもp<.001と報告されていることと矛盾する。根拠:第14章/[14]
1966年から1995年のMedline抄録を対象に、発表国別の陽性結果の割合を調べた研究がある。英国で発表された試験のうち試験治療が優れていたとされたものは75%であった。中国およびロシア/ソ連について報告されたことはどれか。
中国99%、ロシア/ソ連97%であり、両国で発表された試験のうち試験治療が無効であったと報告したものは1本もなかった。著者らは出版バイアスを説明として挙げ、系統的レビューではこれらの国のデータの扱いを慎重に検討すべきとしている。A・B・Cはいずれも報告と異なる。根拠:第15章/[17]
灸の有害事象を14のデータベースから網羅的に集めた系統的レビューが、結論として明記していることはどれか。
著者らは、灸は完全に無リスクではなくアレルギー・熱傷・感染などの潜在的な有害事象があるが、その発生率は不明であると結論している。Bはアレルギー反応や感染も報告されており誤り。Cは妊婦での早産・前期破水などの報告があり誤り。Dは別のレビューで死亡例を含む報告があり誤り。根拠:第17章/[19][20]
医学的に説明されない症状をもつ患者では、無処置でも50〜75%が改善すると報告されている。この事実が施術の判定に与える帰結として適切なものはどれか。
対照を置かなければ、観察された改善のどこまでが自然経過かを区別できない。Aは自然経過の存在が施術の効果を否定する根拠にはならないため誤り。Bは改善を中止理由とするもので、この事実からは導けない。Dは判定時期の議論とは無関係で、むしろ施術中の改善だけでの判定は避けるべきとされる。根拠:第16章・第18章/[18]
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引用文献
本書の記述はすべて以下の資料に基づく。数値は原著の報告値であり、編者による換算・推定は行っていない。中国語文献については英文抄録に記載された数値のみを引用した。
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本書の数値はすべて原著論文の報告値である。編者が計算・換算した値は載せていない。信頼区間・p値・効果量は原著の表記をそのまま用い、丸めていない。中国語圏の文献については英文抄録に記載された数値のみを引用した。本文で扱った知見の確実性は、章ごとにエビデンス階層(A〜E)で明示した。第1版・2026年9月。