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Moxibustion & Skin ① — 全15章

灸と皮膚の生理学①

灸が熱を加えているその組織は、
そもそも何でできているのか。

第1版 2026年8月 皮膚解剖学 / 角化とバリア / 部位差

3分で要点だけ

本文で示した報告値のうち、この教材の骨格になる3点。

  1. 表皮は約0.1 mm、真皮はその十数倍部位によって大きく変わるのは真皮のほうである
  2. 角層の厚みは部位で10倍以上違う頬16.8 µm に対し手掌173.0 µm(日本人 n=15)
  3. 灸をすえる場所の皮膚は、測られていない経穴部位の厚み・汗腺密度の実測に到達できなかった

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序章

灸が触れている相手を、先に知る

本書は灸の教材でありながら、灸の話をほとんどしない。扱うのは皮膚そのものである。灸が熱を加えている相手が何でできているかを知らないまま、熱の話だけを積み上げることはできない。

この部を読むと本書の数値が、どの測定法で・どの部位で・誰について得られたものかを、読む前に確認する習慣がつく。

00本書の読み方とエビデンスの階層

本書は皮膚の解剖生理学の教材である。灸の効果を論じるためではなく、灸がその上で行われている場所の構造を、測られた数値で確認するために書かれた。読者が本書を読み終えたとき、「皮膚」という一語を、層・深さ・部位差に分けて言えるようになることを目標とする。

0-1 三つの問いで章を貫く

何層あるか
皮膚は表皮真皮・皮下組織に分かれ、表皮はさらに五層に分かれる。それぞれの厚みは桁が違う。
どこに何が埋まっているか
血管・汗腺・皮脂腺・毛包・感覚神経終末は、それぞれ決まった深さにある。灸の熱がどこまで届くかを考えるとき、その深さに何があるかが問題になる。
部位でどれだけ違うか
同じ「皮膚」という語で呼ばれていても、部位によって厚みは大きく異なる。灸をすえる場所ごとに、熱が通過する組織は同じではない。

0-2 エビデンスの階層

本書は、記述の根拠がどの種類の研究に由来するかを、その都度示す。読者が自分で確実性を割り引けるようにするためである。

表 0-1 本書で用いるエビデンス階層
階層デザイン典型的な弱点
A盲検化RCT/系統的レビュー・メタ解析本数が少ない。組み入れ基準の差
B健常者を対象とした計測研究(客観指標)n が小さい。単一施設・単一機種
C動物実験・ex vivo 測定・数値モデルヒトの生体条件と異なる
D教科書的総説(StatPearls 等)個々の数値の一次出典が追いにくい
E非査読の実測報告査読なし。ただし物理測定値は有用
本書の階層Dについて

皮膚の基本構造は、査読論文よりも教科書的総説のほうが整理されている領域である。本書は StatPearls を階層Dとして用いるが、そこに書かれた数値が一次文献まで追えない場合は、その旨を本文に明記する。実際、後述するとおり角層の細胞層数については、同じ StatPearls の中で二つの記述が食い違っている(第2章)。

0-3 本書が扱わないもの

皮膚をめぐる話題のうち、すでに本ライブラリの他の教材が扱っているものは、本書では扱わない。重複を避けるためであり、また、それぞれの主題はそれぞれの教材のほうが厚く書かれているためである。

表 0-2 本書が扱わない論点と、その行き先
論点扱っている教材
熱が皮膚をどう伝わり、どこで止まるか本シリーズ②『灸と皮膚の生理学②』
熱が神経の電気信号に変わる仕組み(TRPチャネル等)『灸と神経生理学①』
血管径を決める制御系(AVA・軸索反射・NO)『灸と血流の生理学①』
熱傷の分類・有害事象・臨床上の安全『お灸の安全性』
加温後の組織修復・熱ショック応答『灸と組織修復』
数値を読むときの注意

本書に出てくる厚みの数値は、測定法によって定義が違う。超音波で測った「表皮」と、共焦点ラマン分光で測った「角層」と、生検標本で測った「表皮」は、同じ語で呼ばれていても同じ量ではない。本書は各数値に測定法を併記する。測定法の記載がない数値は本書には載せない。

第I部

皮膚を層として見る

皮膚は積層構造である。灸の熱は、必ずこの層を順に通過する。まず層そのものを確認し、それぞれが何ミリメートルなのかを、測られた値で押さえる。

この部を読むと皮膚を表皮・真皮・皮下組織の三層で捉え、それぞれの厚みを部位別の実測値で言えるようになる。

01皮膚を三層で見る——本書の地図

皮膚は外側から表皮・真皮・皮下組織の三層からなる。この三層は役割も厚みも大きく異なる。本章はその全体像を先に示し、以降の章がどこを詳述しているのかの地図とする。

1-1 三層の役割

表皮(epidermis)
最外層。血管を持たない。細胞が層をなして分化し、最表層で死んで角層になる。外界との境界を作っているのはこの層である[1]
真皮(dermis)
表皮の下にある結合組織の層。血管・神経・汗腺・皮脂腺・毛包を含む。皮膚の厚みの大部分はこの層が占める。
皮下組織(subcutaneous tissue/hypodermis)
真皮の下の脂肪を主体とする層。皮膚に含めるかどうかは文献によって扱いが分かれる。

1-2 厚みの桁が違う

三層の厚みは同じ桁ではない。中国人成人 74名50 MHz の超高周波超音波で測定した研究では、背部の表皮が 0.1184 ± 0.0189 mm、同じ背部の真皮が 2.9167 ± 0.6262 mm と報告されている[5](階層B)。

要点

表皮は 0.1 mm 前後、真皮は 1〜3 mm 程度である[5]。「皮膚の厚み」と言うとき、その大半は真皮を指している。表皮はその上に乗った薄い膜にすぎない。

1-3 この地図の使い方

本書の第I部(第2章〜第7章)はこの三層を外側から順に降りていく。第II部(第8章〜第11章)は、真皮の中に埋まっている構造物——血管・汗腺・皮脂腺・毛包・感覚神経終末——を、それぞれの深さとともに見る。第III部(第12章〜第14章)は、この構造全体が「壁」として何をしているかを扱う。

02表皮——0.1 mm の中の五層

表皮は 0.1 mm 前後の薄い層でありながら、その中に五つの層を持つ。本章はその五層と、それぞれの細胞層数を確認する。あわせて、この領域の数値がいかに文献間で揺れているかを示す。

2-1 五層の構成

StatPearls の記載では、表皮は深部から順に「基底層、有棘層、顆粒層、淡明層、角層」の五層である[1](階層D)。

表 2-1 表皮の五層と細胞層数[1]
細胞層数特徴
基底層(stratum basale)立方〜低円柱状で分裂能を持つ細胞。ここで角化細胞が作られる[1]
有棘層(stratum spinosum)8〜10デスモソームで結合した多角形の細胞[1]
顆粒層(stratum granulosum)3〜5ケラトヒアリン顆粒を持つ[1]
淡明層(stratum lucidum)2〜3手掌・足底の厚い皮膚にのみ存在する[1]
角層(stratum corneum)20〜30核を失った角質細胞[1]

2-2 角層の層数は、文献の中で食い違っている

表 2-1 は角層を 20〜30 細胞層としている[1]。しかし同じ StatPearls の角層の項では、「ヒトの角層は 15層 ほどの扁平な角質細胞からなり、二層に分けられる」と記載されている[2]

本書の処置

本書はこの食い違いを解消しない。どちらの数値が正しいかを判定できる一次データに、本書の調査範囲では到達できなかったためである。ただし、この食い違いには理由が推測できる。角層の層数は部位によって大きく異なり(第4章)、また剥離しつつある最表層をどこまで数えるかで結果が変わる。「角層は何層か」という問いは、部位と定義を指定しない限り答えを持たない。

2-3 表皮には血管がない

表皮は血管を持たない。栄養は真皮側から拡散によって供給される。この事実は本シリーズ②で重要になる。血流による熱の持ち去り(ヒートシンク)は、表皮の中では働かない。灸の熱が最初に入る層は、血流によって冷やされない層である。

臨床への翻訳

表皮に血管がないという構造は、灸の熱が皮膚表面で高い温度を保ちやすいことを意味する。ただし、本書はここから「だから表皮は熱に弱い」とは書かない。熱の伝わり方と損傷の閾値は物理と生化学の問題であり、本シリーズ②と『お灸の安全性』が扱う。ここで確認できるのは、表皮が血流による冷却を受けない層だという構造上の事実までである。

03角化——細胞が死ぬことで壁になる

皮膚のバリアは、生きた細胞ではなく死んだ細胞でできている。基底層で生まれた細胞が上へ押し上げられ、核を失い、角質細胞になる。この過程を角化という。本章は、その一巡に何日かかるかを、日本人を対象とした実測値で確認する。

3-1 角化とは何か

基底層には分裂能を持つ細胞があり、そこで作られた角化細胞(ケラチノサイト)が表層へ押し上げられながら分化する[1]。最終的に核と細胞小器官を失い、ケラチンに満たされた扁平な角質細胞となって角層を構成する[1][2]

要点

角層は死んだ細胞の層である。皮膚のバリア機能を担っているのは、生きている細胞ではない。細胞が計画的に死ぬことによって、はじめて壁ができる。

3-2 一巡に何日かかるか——日本人での実測

前田は、紫外線A波(UVA)を照射して生じた色素沈着が消退するまでの時間を測ることで、表皮のターンオーバー時間を測定する方法を報告した[3](階層B)。

表 3-1 UVA色素沈着法による表皮ターンオーバー時間[3]
項目
対象健常日本人男性 6名(26〜51歳、37.3 ± 11.3 歳
測定部位前腕内側
照射量40 J/cm²(UVA。夏季日中の2〜3時間の曝露に相当と報告)
ターンオーバー時間36.2 ± 6.2 日

この方法は、色素沈着の指標(メラニンインデックスの変化量 ΔM)が 0 に戻るまでの時間をターンオーバー時間と定義している[3]。著者は、この値が [3H] チミジンを皮内注射する従来法で測定された表皮ターンオーバー時間と妥当な一致を示すと述べている[3]

この数値の限界

n = 6 の単一施設研究であり、対象は日本人男性の前腕内側に限られる[3]他の部位、女性、他の年齢層についての値は、本研究からは分からない。また、この方法が測っているのは色素が排出されるまでの時間であり、細胞そのものを追跡した値ではない。

3-3 角層だけを見た値は、これより短い

前田は、ダンシルクロライド法による前腕角層のターンオーバー時間として 13.9 ± 2.9 日(n = 14、30.0 ± 7.3 歳、R = 0.3382)という報告を引用している[3]。また、角層の通過時間は若年成人でおよそ 20日 であり、加齢に伴って 10日 以上延長するという報告も引用している[3]

孫引きについての明示

本節の 13.9 ± 2.9 日20日 は、いずれも前田の論文が引用している他研究の値であり、本書はその原著に当たっていない。本書はこれらを「前田が引用している値」として記す。原著の測定条件を確認していない以上、本書の数値として扱わない。

臨床への翻訳

表皮が一巡するのに 36.2 ± 6.2 日 かかる(日本人男性・前腕内側・n=6)[3]という事実は、施灸によって表皮に生じた変化が、週単位ではなく月単位の時間で入れ替わることを意味する。ただし、施灸後の皮膚でターンオーバーが速くなるのか遅くなるのかを測った研究には、本書の調査範囲では到達できなかった(第14章・空白2)。したがって本書は、灸がターンオーバーに影響するともしないとも書かない。

04角層——レンガとモルタル

皮膚のバリアの実体は角層である。厚さは部位によって10倍以上違い、水を含ませると2倍近くまで膨らむ。本章はその構造と、日本人を対象に測られた部位別の厚みを確認する。

4-1 レンガとモルタル

角層の構造は「レンガとモルタル」に喩えられる[2]。角質細胞がレンガにあたり、細胞間を満たす脂質がラメラ構造をとってモルタルにあたる[2]

StatPearls はこれを二区画系と表現している。疎水性でタンパク質に富む角質細胞が、脂質に富むマトリクスの中に埋め込まれている構造である[2](階層D)。角質細胞どうしはコルネオデスモソームと呼ばれる接着構造で連結されている[2]

本書が書かないこと

細胞間脂質の組成(セラミド・コレステロール・遊離脂肪酸の比率)については、一次文献の報告値に到達できなかったため、本書は比率の数値を書かない。脂質がラメラ構造を作っていることまでが、本書が確認できた範囲である[2]

4-2 部位で10倍違う——日本人での実測

江川らは、共焦点ラマン分光法によって皮膚内部の水分濃度プロファイルを測定し、水分量がほぼ一定になる深さを角層見かけ厚(stratum corneum apparent thickness, SCAT)と定義して、部位差と加齢変化を調べた[4](階層B)。

対象は健常な日本人 33名(男性6名・34〜54歳・平均43.2歳、女性27名・23〜76歳・平均56.3歳)。うち部位差の実験は 15名(23〜49歳、平均35.4歳)で、頬・上腕屈側・前腕屈側・手背・手掌(母指球)の5部位について行われた[4]

表 4-1 部位別の角層見かけ厚(SCAT)・日本人 n=15[4]
部位平均 SCAT
16.8 µm
前腕屈側22.6 µm
手背29.3 µm
手掌(母指球)173.0 µm
表 4-1 の読み方

測定は5部位で行われたが、本書が到達できた記載に値が示されているのは4部位である。上腕屈側の値は確認できなかったため、表に載せていない。
また、著者らはこれらの値が生検組織で報告されてきた角層厚と同程度であったと述べている[4]

4-3 水を含むと厚みが変わる

同じ研究で、90分間の水和によって SCAT は最大で2倍まで増加したと報告されている[4]。水和時間が短い場合の増加はそれより小さかった[4]

また、前腕では加齢に伴って SCAT が厚くなる傾向がみられたが、頬ではみられなかった[4]

臨床への翻訳

角層の厚みは固定値ではない。90分の水和で最大2倍になる[4]。したがって、入浴直後の皮膚と乾いた皮膚では、灸の熱が最初に通過する角層の厚みが同じではない。
ただし本書は、ここから「入浴後の施灸は危険である/安全である」とは書かない。角層の厚みの変化が、灸の熱の伝わり方や損傷の閾値をどう変えるかを測った研究には、本書の調査範囲では到達できなかった。確認できるのは、条件によって角層の厚みが変わるという事実までである。

05真皮——厚みの本体

皮膚の厚みの大部分は真皮である。血管も神経も汗腺も皮脂腺も毛包も、すべてこの層の中にある。本章は真皮の厚みを部位別の実測値で確認し、その構成について本書が書ける範囲を示す。

5-1 真皮の厚み

王らは、健常な中国人成人 74名(男性41名・女性33名、18〜74歳)を対象に、50 MHz の超高周波超音波(VHFUS)と 20 MHz の高周波超音波(HFUS)を用いて、全身14部位の表皮厚と真皮厚を測定した[5](階層B)。真皮厚の報告値は、部位によって 1.1389 ± 0.2536 mm(左足背)から 2.9167 ± 0.6262 mm(背部)まで分布している[5]。全14部位の値は第7章の表 7-1 に一括して示す。

5-2 真皮に何が入っているか

真皮は膠原線維を主体とする結合組織であり、その中に血管・神経・汗腺・皮脂腺・毛包が配置されている。真皮は乳頭層(papillary dermis)と網状層(reticular dermis)に区別される。

本書が書かないこと

真皮のコラーゲン組成(I型とIII型の比率、乾燥重量に占める割合など)については、複数の値が流通しているが、本書はその一次文献の報告値に到達できなかったため、比率の数値を書かない。膠原線維が主体であるという定性的な記述までが、本書の確認できた範囲である。

臨床への翻訳

灸の熱が真皮に届いたとき、そこで熱を受け取るのは均質な結合組織ではない。血管・神経終末・汗腺・皮脂腺・毛包という、性質の異なる構造物が同じ層に同居している。第II部では、それぞれがどの深さにあるかを個別に確認する。深さが分かれば、届いた熱が何に当たったのかを構造の側から議論できる。

06皮下組織——測られていない層

真皮の下には脂肪を主体とする皮下組織がある。灸の熱が深部へ向かうとき、この層を通る。しかし本書が到達できた皮膚厚の研究は、この層を測っていない。

6-1 皮下組織の位置づけ

皮下組織は真皮の下にある脂肪を主体とする層である。皮膚に含めるかどうかは文献によって扱いが分かれ、皮膚の重量や体重に占める割合の記述が文献間で大きく食い違う原因の一つになっている。

6-2 厚みの実測値に到達できなかった

本書の限界

第5章と第7章で用いた王らの研究[5]は、表皮厚と真皮厚を報告しているが、皮下組織の厚みは報告していない。超音波による皮膚厚測定の研究一般において、真皮と皮下組織の境界は判別が難しいとされる領域である。
灸をすえる部位における皮下脂肪の厚みを系統的に測った研究には、本書の調査範囲では到達できなかった。これは第14章の空白リストに掲げる。

6-3 この層が熱に対して持つ意味

皮下脂肪の熱物性は、真皮とは異なる値が報告されている。脂肪の比熱と熱伝導率は、本シリーズ②の第2章で扱う。本書で確認しておくべきは、真皮の下に性質の異なる層がもう一枚あるという構造上の事実である。

07部位差——同じ「皮膚」ではない

本書がもっとも伝えたい事実がこの章にある。「皮膚」という一語で呼ばれているものは、部位によって厚みが大きく異なる。灸をすえる場所が変われば、熱が通過する組織の厚みも変わる。

7-1 全14部位の実測値

王らの研究[5]の報告値を全部位について示す(中国人成人 n=74、50 MHz VHFUS/20 MHz HFUS、階層B)。

表 7-1 部位別の表皮厚・真皮厚(平均 ± SD、mm)[5]
部位表皮厚真皮厚
前額0.0990 ± 0.01852.1545 ± 0.5422
胸部0.1039 ± 0.01901.9559 ± 0.5035
腹部0.1100 ± 0.01782.3919 ± 0.5431
背部0.1184 ± 0.01892.9167 ± 0.6262
右前腕0.1178 ± 0.01851.6138 ± 0.4217
左前腕0.1146 ± 0.01651.5696 ± 0.3900
右上腕0.1129 ± 0.01701.6139 ± 0.4353
左上腕0.1167 ± 0.01801.6681 ± 0.5227
右大腿0.1166 ± 0.01681.7715 ± 0.5150
左大腿0.1151 ± 0.01721.7120 ± 0.4880
右下腿0.1128 ± 0.01611.7977 ± 0.4987
左下腿0.1129 ± 0.01691.7164 ± 0.4342
右足背0.1147 ± 0.02271.1491 ± 0.2850
左足背0.1135 ± 0.01961.1389 ± 0.2536

7-2 表 7-1 から読めること

表皮厚は最小が前額の 0.0990 ± 0.0185 mm、最大が背部の 0.1184 ± 0.0189 mm であり、いずれの部位も 0.1 mm 前後に収まっている[5]

これに対し真皮厚は、最小が左足背の 1.1389 ± 0.2536 mm、最大が背部の 2.9167 ± 0.6262 mm である[5]。著者らは、部位間に統計学的に有意な差があったと報告している[5]

要点

部位によって変わるのは、主に真皮である。表皮の厚みは全身でほぼ一定に近い範囲に収まっているが、真皮は部位によって明確に異なる[5]。前額の表皮がもっとも薄く、背部の表皮がもっとも厚いという順序も、真皮の順序(足背が最薄、背部が最厚)とは一致しない。表皮と真皮は、別々の規則で厚みが決まっている。

この表の限界

対象は中国人成人である[5]。日本人について全身部位を同一手法で測定した研究には、本書の調査範囲では到達できなかった(第14章・空白4)。日本人のデータが本書で提示できるのは、角層厚(第4章、n=15)[4]と表皮ターンオーバー時間(第3章、n=6)[3]に限られる。
また、手掌・足底・頭部については、真皮と皮下組織の境界の判別が難しいことが超音波研究一般で指摘されており、この表には含まれていない。

臨床への翻訳

同じ灸を背部と足背に置いたとき、熱が通過する真皮の厚みは同じではない[5]。この事実は、施灸部位を変えることが「同じ刺激を別の場所に与えること」ではない可能性を示す。
ただし本書は、ここから施灸量の調整規則を導かない。真皮厚の違いが、実際に届く熱量をどれだけ変えるのかを測った研究には、本書の調査範囲では到達できなかった。本書が示せるのは、部位によって組織の厚みが違うという構造上の事実までである。この空白を埋めるのが、本シリーズ②の課題になる。

第II部

皮膚に埋まっているもの

真皮は均質な層ではない。血管・汗腺・皮脂腺・毛包・感覚神経終末が、それぞれ決まった深さに配置されている。灸の熱が「どこまで届いたか」を論じるには、その深さに何があるのかを先に知る必要がある。

この部を読むと血管・汗腺・皮脂腺・毛包・感覚受容器が、それぞれどの深さにあるのかを構造として指させるようになる。

08血管——どの深さを流れているか

皮膚の血管は二つの水平な血管叢をなしている。その深さは、灸の熱が届く範囲を考えるうえでも、血流測定の値を読むうえでも重要になる。本章はその深さを確認し、あわせて測定機器が実際にどこを見ているのかを示す。

8-1 二つの水平血管叢

皮膚の微小循環は、浅層と深層の二つの血管叢から構成される。ノイバウアー=ゲリクらの総説は、浅層の血管叢が皮膚表面から 400〜500 µm の深さに、深層の血管叢が 1.9 mm の深さにあると記載している[6](階層D)。

数値が文献間で食い違う

皮膚微小循環の古典的な記述として、浅層血管叢が皮膚表面から 1〜1.5 mm の深さにあり、深層血管叢が真皮・皮下組織境界にあるとする報告が広く引用されている。しかし本書はその原著に到達できなかったため、この値を本書の数値として採らない。本書が本文に載せるのは、原著を確認できたノイバウアー=ゲリクらの値[6]のみである。
読者は、この領域について「浅層血管叢の深さ」に複数の値が流通していること自体を知っておく必要がある。

8-2 血流測定器が見ているのは、浅いほうだけである

灸の血流研究で広く使われるレーザードプラ血流計(LDF)について、同じ総説は、光の浸透は 1〜1.5 mm の深さまでにとどまると記載している[6]

単位の注意

LDF が出力する値は灌流単位(perfusion unit, PU)であり、1 PU = 10 mV と定義される[6]。これは相対値であり、血流量の絶対値(mL/min など)ではない。また、血流を平均血圧で割った皮膚血管コンダクタンス(CVC)として表現されることもある[6]
PU の値を、異なる研究間で直接比較してはならない。

臨床への翻訳

レーザードプラで測定された灸の血流反応は、光が届く 1〜1.5 mm の範囲、すなわち浅層の血管叢を主に見ている[6]。深さ 1.9 mm にあるとされる深層血管叢[6]で何が起きているかは、この方法では測れていない。
したがって「灸で血流が増えた」という報告を読むときは、どの深さの血流が増えたのかを確認する必要がある。血流の反応そのものの生理学は『灸と血流の生理学①②』が扱う。

09汗腺——数と分布

皮膚には数百万個の汗腺がある。その密度は部位によって10倍以上異なる。汗腺は水を外へ出す装置であり、同時に、皮膚のバリア機能を測る指標を狂わせる原因でもある。

9-1 構造と支配

エクリン汗腺は単一で高度に巻曲した管状腺であり、分泌部は真皮深層から皮下組織との境界付近にある。StatPearls の記載では、エクリン汗腺はコリン作動性線維による交感神経支配を受け、深部体温の変化に応じて発汗を起こす[8](階層D)。節後線維はアセチルコリンを放出し、ムスカリン受容体を介して発汗を生じさせる[8]

要点

汗腺は交感神経支配でありながら、伝達物質はアセチルコリンである[8]。交感神経=ノルアドレナリンという単純な対応が成り立たない例外にあたる。

同じ記載では、情動性または温熱性の刺激に応じて、汗腺は1日あたり 500〜750 mL の汗を産生しうるとされている[8]

9-2 部位別の密度

テイラーとマシャード=モレイラは、発汗に関する多数の研究を集約し、部位別の汗腺密度を整理した[7]。解剖学的な計数によるデータは14部位・126データセット、生理学的に活動している汗腺の計数によるデータは323データセットに及ぶ[7](階層A/集約研究)。

表 9-1 部位別のエクリン汗腺密度(解剖学的計数)[7]
部位密度(個/cm²)
足趾(末節・掌側)540
手指(末節・掌側)350
手掌241
上腕(腹側)94
腋窩93
陰嚢46
表 9-1 の読み方

原著は36部位の値を表として掲載している[7]。本書はそのうち、本書が確認できた6部位のみを示している。表 9-1 は分布の幅を示すためのものであり、部位の網羅的な一覧ではない。
また、この密度は解剖学的に存在する汗腺の数であり、実際に発汗している汗腺の数(機能的密度)とは異なる[7]

臨床への翻訳

汗腺密度は部位によって大きく異なる[7]。灸をすえる部位ごとに、皮膚に開いている汗孔の数は同じではない。
ただし、汗腺が灸の熱の伝わり方に関与するかどうかを測った研究には、本書の調査範囲では到達できなかった。本シリーズ②で扱う熱伝導のモデルは、皮膚を均質な層として扱っており、汗腺や毛包は組み込まれていない。これは第14章の空白リストに掲げる。

10皮脂腺と毛包——皮膚に空いた穴

皮膚は連続した一枚の壁ではない。毛包と汗孔という開口部が無数にある。この事実は、皮膚のバリアを考えるときに必ず戻ってくる論点になる。

10-1 毛包脂腺単位

皮脂腺は毛包に付属しており、両者を合わせて毛包脂腺単位と呼ぶ。皮脂は短い導管を経て毛包内へ分泌される。

10-2 皮脂腺の密度

ルドヴィチらは、皮脂腺密度の異なる3部位(前腕・胸部・前額)から角層を採取し、脂質組成を比較した[9](健常者 n=10、テープストリッピング法、階層B)。同論文は、皮脂腺の密度が頭皮と前額でとくに高く、400〜900 個/cm² に達するのに対し、四肢では相当に低いと記載している[9]

測定の結果、皮脂由来の脂質(スクアレン、パルミトレイン酸)と表皮バリアに関わる脂質(コレステロール硫酸、セラミド)は、いずれも前腕<胸部<前額の順に増加した[9]

要点

皮脂腺の密度が高い部位では、角層の脂質組成そのものが違う[9]角層は全身どこでも同じ材料でできているわけではない。第4章で見た厚みの部位差に加えて、組成にも部位差がある。

10-3 毛包は角層を迂回する経路である

毛包と汗管は、角層を通らずに皮膚の内部へ達する経路を作っている。経皮吸収の分野では、この経路は付属器経路またはシャント経路と呼ばれ、角層を透過しにくい物質の侵入路として研究されている。

本書が書かないこと

毛包が皮膚表面積に占める割合、部位別の毛包密度、毛包漏斗部の深さといった数値については、本書の調査範囲では一次文献に到達できなかった。本書が確認できたのは、毛包脂腺単位という構造が存在すること[9]と、皮脂腺密度の概数[9]までである。数値のない記述として、経路の存在のみを記す。

臨床への翻訳

皮膚は穴の空いた壁である。灸の熱・煙・隔物灸の介在物成分が皮膚に触れるとき、それらが接するのは連続した角層だけではなく、毛包と汗孔という開口部でもある。
ただし、これらの開口部が灸の作用に関与するかどうかを検証した研究には、本書の調査範囲では到達できなかった。本書はここで仮説を立てない。構造として開口部が存在するという事実だけを記録する。

11感覚受容器——どの深さに埋まっているか

灸の熱を最初に受け取る神経終末は、皮膚のどこにあるのか。本章は受容器の配置を扱う。熱が電気信号に変わる仕組みそのものは『灸と神経生理学①』が扱うため、本書は「どこにあるか」だけを見る。

11-1 機械受容器は四種類あり、深さが違う

StatPearls の記載による、四つの皮膚機械受容器の位置と性質を示す[10](階層D)。

表 11-1 皮膚機械受容器の位置と性質[10]
受容器位置順応受容野
メルケル盤表皮内の非被包性終末遅順応(SA1)小さい
マイスナー小体無毛部の表皮直下、真皮乳頭の間の被包性終末速順応(RA1)小さい
ルフィニ終末皮膚の深部、靱帯・腱にも分布遅順応(SA2)大きい
パチニ小体皮下組織にある大型の被包性終末速順応(RA2)大きい
要点

四つの機械受容器は、表皮内から皮下組織まで、深さの異なる階層に分かれて配置されている[10]。皮膚に加えられた刺激は、その深達度に応じて異なる受容器に届く。

11-2 表皮の中を走る神経線維の密度

熱を受け取る自由神経終末は表皮内に達している。その量は表皮内神経線維密度(intraepidermal nerve fiber density, IENFD)として、皮膚生検により定量できる。

サモリスらの系統的レビュー・メタ解析は、健常者 863名・神経障害者 304名、19研究を統合し、健常者の IENFD を次のように報告している[11](階層A)。

表 11-2 健常者の表皮内神経線維密度(統合推定値)[11]
部位IENFD(本/mm)95%信頼区間異質性
大腿23.221.8 – 24.6I² = 81%
下腿遠位12.911.4 – 14.6I² = 97.4%

同レビューは、健常者において IENFD が5年ごとに 1.35 本/mm 減少する(95%信頼区間 −2.01 〜 −0.69、p < 0.001)と報告している[11]

この数値の限界

下腿遠位の統合推定値は I² = 97.4% という非常に高い異質性を伴う[11]。これは、研究間で値が大きくばらついていることを意味する。統合値そのものを個々の患者にあてはめて解釈することはできない。本書がこの値を載せるのは、表皮内の神経密度が測定可能な量であり、部位差と加齢変化を持つことを示すためである。

臨床への翻訳

灸の熱を最初に受け取る自由神経終末は、表皮の中にある。角層のすぐ下である。深部に届く前に、神経はすでに熱に触れている。
そして表皮内の神経線維密度は加齢とともに減少する(5年あたり 1.35 本/mm[11]ただし、この密度の低下が灸の熱感覚をどれだけ変えるかについて、定量的な対応関係を示す研究に本書は到達していない。したがって、施灸時の熱感の個人差をこの数値で説明することはできない。本書が示せるのは、表皮内の神経密度が測定可能な量であり、加齢とともに変化するという事実までである。

第III部

皮膚が「壁」であるということ

ここまでの章で、皮膚の層と、その中に埋まっている構造物を見た。最後に、この構造全体が何をしているのかを扱う。皮膚は壁である。ただし、その壁がどれだけ壁として働いているかを測る方法には、明確な限界がある。

この部を読むと皮膚のバリアを測る指標とその限界を知り、灸の研究で何が測られていないかを具体的に言えるようになる。

12バリア——何を止めているのか

皮膚のバリア機能は、外から入るものを止めるだけではない。内から出ていく水を止めることが、測定できる形で表れる主要な機能である。

12-1 バリア機能の指標

皮膚のバリア機能を非侵襲的に評価する標準的な指標が経表皮水分蒸散量(transepidermal water loss, TEWL)である。皮膚の内外の水蒸気圧の差によって、水が受動的に皮膚を通って蒸発する量を指す。値が低いほどバリアが保たれており、高いほどバリアが損なわれていると解釈される。

12-2 全身と部位別の報告値

テイラーとマシャード=モレイラの集約研究は、TEWL の報告値を次のように整理している[7]

表 12-1 経表皮水分蒸散量(TEWL)の報告値[7]
対象
全身(単位面積あたり)0.02 – 0.07 mg·cm⁻²·min⁻¹
全身(総量)26 – 43 g·h⁻¹
80 – 160 g·h⁻¹
50 – 150 g·h⁻¹
頭・頸40 – 75 g·h⁻¹
その他の部位15 – 60 g·h⁻¹
表 12-1 の読み方

上2行は全身の値、下4行は部位別の値である。単位が異なるため、上下を直接比較してはならない。部位別の値は単位面積あたりではなく、その部位全体からの総量として報告されている[7]。手と足の値が大きいのは、面積あたりの蒸散が多いことに加え、この単位の取り方による。

12-3 バリアは完全な遮断ではない

健常な皮膚でも、常に水が失われ続けている。バリアとは水を完全に遮断する構造ではなく、失われる速度を一定の範囲に抑える構造である。第4章で見たレンガとモルタルの構造[2]は、水の通過を止めているのではなく、遅くしている。

臨床への翻訳

皮膚のバリアは動的な平衡である。灸の前後で皮膚のバリアがどう変化するかは、TEWL を測れば原理的に評価できる。しかし本書の調査範囲では、施灸の前後で TEWL を測定した査読済み研究に到達できなかった(第14章・空白2)。
これは、比較的容易に実施できるにもかかわらず行われていない測定である。施灸前後の TEWL 測定は、鍼灸の側から着手できる研究課題として具体的である。

13バリアの測り方と、その限界

TEWL は標準的な指標だが、測っている量の定義に本質的な曖昧さがある。本章は、この指標を読むときに知っておくべき限界を扱う。皮膚の厚みの測定についても同じ問題がある。

13-1 汗腺の寄与を分離できない

TEWL は本来、角層を受動的に通過して蒸発する水を測る指標である。しかし、測定を行うほとんどの皮膚部位にはエクリン汗腺が存在する。テイラーとマシャード=モレイラは、これらの測定に対する汗腺の活動の寄与は変動的であり、ほとんどの場合において不明であると明記している[7]

要点

TEWL の値には、角層を通った水と、汗腺から出た水の両方が含まれうる。そしてその割合は分からない[7]。「バリア機能を測った」と言うとき、実際には汗腺の活動も一緒に測っている可能性がある。

同じ集約研究は、TEWL が測定環境の湿度・温度・気流に鋭敏であり、管理された条件下で測定されなければならないとも述べている[7]

臨床への翻訳

この限界は、灸の研究にとって直接的な意味を持つ。灸は皮膚を温める手技である。加温は発汗を促す方向に働く。したがって、施灸前後で TEWL を測定した場合、その変化が「バリアが緩んだ」ためなのか「汗をかいた」ためなのかを、TEWL 単独では分離できない[7]
もし施灸前後の TEWL 測定を計画するなら、発汗の寄与を独立に評価する設計が必要になる。これは前章で述べた研究課題に対する、具体的な方法論上の注意である。

13-2 厚みの測定にも限界がある

皮膚の厚みの測定にも同種の問題がある。ウェッブらは、健常女性 25名(18〜45歳)の6部位で皮膚の熱物性を生体で測定し、あわせて光干渉断層計(OCT)で角層と表皮の厚みを測定した[12](階層B)。同論文は、OCT は手掌と踵については正確な角層厚を与えたが、毛包のある部位では与えなかったと述べ、そうした部位については既報の典型値である 約15 µm を参照している[12]

要点

第4章で示した角層厚[4]は共焦点ラマン分光法による値、本節の値は OCT による値であり、測定原理が異なる。そして OCT は毛包のある部位で角層厚を正確に測れないと報告されている[12]
皮膚の厚みは、どの装置で測ったかを抜きにして比較できない。序章で述べた注意が、ここで具体的な形をとる。

13-3 本書の数値を読むときに戻るべき問い

  1. その値はどの測定法で得られたか
  2. その値はどの部位のものか
  3. 対象は誰か(人種・年齢・性別・人数)
  4. その測定は何を分離できていないか

本書に載せたすべての数値は、この4点を本文中に併記してある。併記できなかった数値は載せていない。

14本書が答えられなかったこと

本書は皮膚の構造を層と深さで整理した。しかし、灸の教材としてもっとも知りたい問いには答えられていない。ここではその空白を、次の研究者が着手できる粒度で列挙する。

14-1 空白の一覧

空白1

灸をすえる部位そのものの皮膚を測ったデータが見当たらない。足三里・腎兪といった、灸の臨床で実際に用いられる部位について、表皮厚・真皮厚・角層厚・汗腺密度・毛包密度を測定した研究に、本書の調査範囲では到達できなかった。第7章の表 7-1[5]は解剖学的部位の一覧であり、経穴部位の測定ではない。

空白2

施灸の前後で皮膚バリアがどう変わるかを測った研究に到達できなかった。TEWL・角層水分量・角層厚のいずれについても、施灸前後で測定した査読済み研究を見出せなかった。第13章で述べたとおり、この測定を行う場合は発汗の寄与を分離する設計が必要になる[7]

空白3

汗腺・毛包が熱の伝わり方に関与するかどうかが分からない。皮膚の熱伝導を扱うモデルは、皮膚を均質な層の重なりとして扱っている。汗腺・毛包・皮脂腺という、周囲と組成の異なる構造物が熱伝導に与える影響を検討した研究に、本書の調査範囲では到達できなかった。本シリーズ②の熱物性の数値[12]も、この不均一性を含んでいない。

空白4

日本人の全身部位別の表皮厚・真皮厚のデータに到達できなかった。本書が提示できた日本人のデータは、角層厚(n=15、5部位のうち4部位)[4]と表皮ターンオーバー時間(n=6、前腕内側のみ)[3]に限られる。全身14部位の値[5]は中国人成人を対象とした研究である。

空白5

角層の細胞層数について、文献の記述が食い違っている。同じ StatPearls の中で 20〜30層[1]15層[2]という二つの記載がある。どちらが正しいかを判定できる一次データに到達できなかった。第2章で述べたとおり、この問いは部位と定義を指定しない限り答えを持たない可能性がある。

空白6

皮下脂肪の厚みの部位別データに到達できなかった。本書が用いた皮膚厚の研究[5]は皮下組織を測定していない。灸の熱が真皮を越えて進むとき、次に通る層の厚みが分からない。

14-2 この空白の性質について

ここに挙げた6件のうち、空白1・2・3は鍼灸の側から着手できる課題である。いずれも特別な装置を必要とせず、超音波診断装置・TEWL 測定器・皮膚生検といった、既存の手法で実施できる。にもかかわらず行われていない。

空白4・5・6は皮膚科学・生体工学の側の課題であり、鍼灸の研究者が単独で埋められるものではない。

臨床への翻訳

本書を読み終えた読者は、「お灸は皮膚を温める」という一文を、どの層の・どの深さの・どの構造物を温めるのかという問いに分解できるようになっている。そして、その問いの多くにまだ答えがないことも分かっている。
臨床では、この空白を空白のまま扱うことが求められる。構造が分かっていることと、その構造に灸が何をしているかが分かっていることは、別である。本書が示したのは前者だけである。後者に進むのが、本シリーズ②以降の役割になる。

演習

理解度チェック

本書の内容から8問。選択するとその場で正誤と解説が出ます。すべて本文に明示した記述だけから解けます。

第I部皮膚を層として見る4問
Q01 出典:第1章

皮膚の厚みの大部分を占めているのはどの層か。

Q02 出典:第2章

表皮の五層のうち、手掌・足底の厚い皮膚にだけ存在するのはどれか。

Q03 出典:第3章

皮膚のバリアを実際に担っている角層は、どんな細胞でできているか。

Q04 出典:第4章

角層の構造を「レンガとモルタル」に喩えるとき、モルタルにあたるのはどれか。

第II部皮膚に埋まっているもの3問
Q05 出典:第8章

灸の血流研究で広く使われるレーザードプラ血流計(LDF)について、正しいのはどれか。

Q06 出典:第9章

エクリン汗腺の自律神経支配について正しいのはどれか。

Q07 出典:第11章

皮膚の機械受容器のうち、表皮の中にあるのはどれか。

第III部皮膚が「壁」であるということ1問
Q08 出典:第12章

経表皮水分蒸散量(TEWL)は何を測っている指標か。

解答ずみ 0 / 8
付録

引用文献

本書の記述はすべて以下の資料に基づく。教科書的総説(StatPearls)は本文中で階層Dと明示して用いた。原著に到達できなかった数値は本文に載せていない。

  1. Yousef H, Alhajj M, Fakoya AO, Sharma S. Anatomy, Skin (Integument), Epidermis. StatPearls [Internet]. StatPearls Publishing; 2024年6月8日更新(教科書的総説・階層D). NBK470464
  2. Murphrey MB, Miao JH, Zito PM. Histology, Stratum Corneum. StatPearls [Internet]. StatPearls Publishing; 2022年11月14日更新(教科書的総説・階層D). PMID: 30020671. NBK513299
  3. Maeda K. New Method of Measurement of Epidermal Turnover in Humans. Cosmetics. 2017;4(4):47. doi:10.3390/cosmetics4040047
  4. Egawa M, Hirao T, Takahashi M. In vivo estimation of stratum corneum thickness from water concentration profiles obtained with Raman spectroscopy. Acta Dermato-Venereologica. 2007;87(1):4-8. doi:10.2340/00015555-0183
  5. Wang Y, Tian M, Guo R, Du F, Qiu L, Tang Y. Quantification of normal skin thickness using very high-frequency ultrasound: a clinical study in Chinese adults. Quantitative Imaging in Medicine and Surgery. 2025;15(6):5218-5231. doi:10.21037/qims-2024-2637
  6. Neubauer-Geryk J, Hoffmann M, Wielicka M, ほか. Current methods for the assessment of skin microcirculation: Part 1. Postępy Dermatologii i Alergologii. 2019;36(3):247-254. PMC6640017
  7. Taylor NAS, Machado-Moreira CA. Regional variations in transepidermal water loss, eccrine sweat gland density, sweat secretion rates and electrolyte composition in resting and exercising humans. Extreme Physiology & Medicine. 2013;2:4. PMC3710196
  8. Hodge BD, Sanvictores T, Brodell RT. Anatomy, Skin Sweat Glands. StatPearls [Internet]. StatPearls Publishing(教科書的総説・階層D). NBK482278
  9. Ludovici M, Kozul N, Materazzi S, Risoluti R, Picardo M, Camera E. Influence of the sebaceous gland density on the stratum corneum lipidome. Scientific Reports. 2018;8:11500. PMC6068117
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  11. Samolis A, ほか. Intraepidermal Nerve Fiber Density as an Indicator of Neuropathy Predisposition: A Systematic Review with Meta-Analysis. Diagnostics (Basel). 2025;15(11):1311. PMC12154223
  12. Webb RC, Pielak RM, Bastien P, ほか. Thermal Transport Characteristics of Human Skin Measured In Vivo Using Ultrathin Conformal Arrays of Thermal Sensors and Actuators. PLoS ONE. 2015;10(2):e0118131. PMC4319855

第1版・2026年8月22日発行。本書の数値はすべて原著の報告値であり、編者による計算・推定・丸めを含まない。原著に到達できなかった数値は掲載していない。教科書的総説(StatPearls)から引いた記述は本文中で階層Dと明示した。他研究からの引用値は「その論文が引用している値」であることを本文に明記し、本書の数値として扱っていない。/本シリーズ②『灸と皮膚の生理学②——熱はどこで止まるか』に続く。