灸エビデンス・ライブラリ

glossary — お灸の用語辞典

お灸の用語辞典

教材に出てくる用語を172語まとめました。定義はすべて教材本文に書かれている範囲にとどめ、 数値は原著の報告値をそのまま記しています。各語から、その語を扱っている章に直接飛べます。

透熱灸

とうねつきゅう
direct moxibustion
灸法

精製度の高い点灸用の艾を米粒大〜半米粒大にひねり、皮膚の上で燃やし切る灸法。意図的に微小な熱傷(灸痕)を残す有痕灸。艾炷の底面温度は実測で140〜160℃と報告されている。

知熱灸

ちねつきゅう
灸法

艾を皮膚上に置くが燃やし切らず、患者が熱さを感じた時点で取り除く灸法。TRPV1の閾値(約43℃)に達した瞬間に刺激を終える設計で、熱傷は作らない。

台座灸

だいざきゅう
moxa cone on base
灸法

紙筒と台座の上で艾を燃やす市販の間接灸。伝導熱と輻射熱の両方を用いる。実測の平均最高温度は 55.9±5.0℃、最高温度到達までは約160.7秒と報告されている。

棒灸

ぼうきゅう
moxa stick
灸法

棒状に固めた艾を皮膚から距離を置いてかざす灸法。距離が唯一かつ最大の制御変数で、20mmで51.2℃、100mmで30.1℃と、距離を変えるだけで別物の刺激になる。

箱灸

はこきゅう
灸法

木箱の中で艾を燃やし、広い面を穏やかに温める灸法。腹部・腰部に用いる。

打膿灸

だのうきゅう
suppurative moxibustion
灸法

強い熱刺激で意図的に熱傷を作り、膏薬を貼って化膿させる灸法。灸痕(瘢痕)が残ることを前提とする。免疫学的指標をヒトで測った査読済み研究には、本ライブラリの調査範囲で到達できていない。

直接灸と間接灸

ちょくせつきゅう かんせつきゅう
direct / indirect moxibustion
灸法

灸の安全性の系統的レビューが用いている区別。直接灸は艾炷を皮膚上に置くもの、間接灸は皮膚との距離を保つもので、間接灸には台座灸・温筒灸・棒灸・箱灸・隔物灸が含まれる。研究の結果を引用するときは、その試験の「灸」がどちらかを確認する。

毛茸

もうじょう
trichome
材料

植物の表皮にある毛状の突起。ヨモギではこれが艾の実体となる。分泌毛と非分泌毛があり、艾は非分泌毛が主体と理解されているが、精製後にどの比率で残るかを定量した研究には到達できていない。

精製

せいせい
refining
材料

艾から葉肉や夾雑物を取り除く工程。生葉と艾の重量比を上げると親水性のフェノール酸・フラボノイドが58.67〜84.06%減少すると報告されており、薬理成分を捨てて熱源としての性質を得る工程といえる。

寝かせる

ねかせる
ageing
材料

製造後の艾を保管して熟成させること。3年と10年の試料を比べた熱重量分析では着火温度が218.3℃と222.6℃で、10年のほうがわずかに高いと報告されている。原著は年数の良し悪しを述べていない。

熱重量分析

ねつじゅうりょうぶんせき
TG/DSC
材料

試料を加熱しながら質量変化を測る手法。艾の燃焼は三段階で進み、第1段階(120℃未満)で水分と揮発性成分が失われることが示されている。

GC-MS

ガスクロマトグラフィー質量分析
GC-MS
材料

ガスクロマトグラフィーと質量分析を組み合わせた成分分析法。お灸の煙の成分研究で用いられるが、報告されるのが「存在比」か「実濃度」かで印象が大きく変わる点に注意が必要。

お灸の煙

おきゅうのけむり
moxa smoke
材料

艾の燃焼で生じる煙。日本の艾を日本の施術環境で測った研究では、測定された物質はいずれも基準値以下と報告されている。同時に有害物質は必ず生成するため、作業環境の措置は必要とされる。

温度曲線

おんどきょくせん
temperature curve
温度・物理

施灸中の温度を時間軸に沿って描いた曲線。立ち上がりの速さ・ピークの持続・裾の長さという形が刺激の性格を決める。最高温度だけを比べても灸種の違いは捉えられない。

42℃

よんじゅうにど
42 degrees
温度・物理

灸の温度設計が集まる境界。熱ショックタンパク質を誘導する臨界温度がおよそ42℃、TRPV1の活性化(熱痛)が約43℃、組織熱傷が44℃超とされ、灸は「42℃を超え、44℃を超えすぎない」時間の確保をめぐって組み立てられている。

燃焼帯

ねんしょうたい
combustion zone
温度・物理

燃焼中の艾の先端の赤熱部(550〜700℃)。その後方に赤外放射帯(200〜400℃)があり、皮膚に届く熱の大部分は高温部ではなくこの放射帯からの輻射と、灰・台座を介した伝導による。

赤外放射

せきがいほうしゃ
infrared radiation
温度・物理

艾の燃焼が出す放射。可視光ではなく赤外であり、生体組織における透過深度は波長により数百µm〜数mm程度にとどまる。「赤外線が深部まで直接届く」という説明は物理的に成立しない。

熱電対

ねつでんつい
thermocouple
温度・物理

2種の金属の接点で温度を測るセンサ。灸の温度研究の主要な測定手段だが、センサをどこに置いたかで数値が桁で変わるため、測定点の記載がない数値は比較できない。

模擬生体モデル

もぎせいたいモデル
biological phantom
温度・物理

生体の熱物性を模した測定用の試料。積層した生ハムを用いた研究では、台座灸の最表面温度が26.71℃・27.41℃と報告されている。同じ台座灸が55.9℃とも報告されるのは、測定点と測定対象が違うためである。

TRPV1

ティーアールピーブイワン
TRPV1
生理学

約43℃を超える熱で活性化する非選択性陽イオンチャネル。カプサイシン受容体としてクローニングされ、灸の主要な標的と考えられている。炎症性メディエータにより活性化閾値が下がる。

TRPV2

TRPV2
生理学

約52℃という高い閾値で活性化するTRPV1の相同分子。カプサイシン・酸・中程度の熱には応答しない。

温度感受性TRPチャネル

おんどかんじゅせいティーアールピー
thermoTRP
生理学

温度で開くイオンチャネル群。TRPA1(17℃以下)・TRPM8(25〜28℃以下)・TRPV4・TRPV3・TRPV1(43℃超)・TRPV2(52℃超)と閾値が並び、灸の温度帯は複数の閾値をまたぐ。温度は刺激の強弱ではなく、動員する分子を切り替える変数である。

Aδ線維

エーデルタせんい
A-delta fiber
生理学

薄い髄鞘をもつ細い求心性線維。速い一次痛(鋭い痛み)を伝える。

侵害受容器

しんがいじゅようき
nociceptor
生理学

組織損傷を起こしうる刺激に応答する感覚神経の終末。熱・機械・化学の刺激に反応する。

末梢感作

まっしょうかんさ
peripheral sensitization
生理学

炎症などにより侵害受容器の閾値が下がり、同じ刺激でより大きな応答が出る状態。TRPV1の熱活性化閾値は炎症性メディエータで最低30℃付近まで下がると報告されている。

軸索反射

じくさくはんしゃ
axon reflex
生理学

脊髄を経由せず、一本の感覚神経の分枝内で完結する反応。灸様温熱刺激による筋血流の増加相は、脊髄を離断しても保たれ、CGRP拮抗薬で消失することから軸索反射性と結論されている。

CGRP

シージーアールピー
calcitonin gene-related peptide
生理学

感覚神経終末から放出される強力な血管拡張ペプチド。軸索反射による局所血流増加を媒介する。ヒトの施灸による遊離量を直接測定した研究は見出されていない。

フレア反応

フレアはんのう
flare response
生理学

刺激部位の周囲に広がる発赤。ヒトで観察でき、主にカプサイシン感受性のC線維を介すると報告されている。

脊髄後角

せきずいこうかく
spinal dorsal horn
生理学

一次求心性線維の入力を受ける脊髄の領域。単なる中継点ではなく、複数の入力を統合し編集する場所である。

WDRニューロン

ワイドダイナミックレンジニューロン
wide dynamic range neuron
生理学

触刺激から侵害刺激まで幅広い強度に応答する後角の二次ニューロン。灸はこのニューロンを発火させ、温度が高いほど発火が大きいと報告されている。

体性-自律神経反射

たいせいじりつしんけいはんしゃ
somato-autonomic reflex
生理学

体表への刺激が自律神経の出力を変える反射。反応の向きは刺激部位と強度に依存し、「灸は副交感優位にする」と一様には言えない。

下行性疼痛調節系

かこうせいとうつうちょうせつけい
descending pain modulation
生理学

中脳水道周囲灰白質(PAG)と吻側延髄腹内側部(RVM)を中心に、脳から脊髄後角へ働きかけて痛みを抑えも強めもする系。ON細胞とOFF細胞という双方向の要素をもつ。

DNIC / CPM

ディーエヌアイシー/シーピーエム
conditioned pain modulation
生理学

離れた部位に侵害刺激を加えると別の侵害入力が減弱する現象。ヒトではCPMと呼ばれ内因性疼痛抑制機能の評価に用いられる。灸でCPMを誘導できるかを検証したヒト研究は見出されていない。

タキフィラキシー

tachyphylaxis
生理学

反復刺激に対する応答の減弱。TRPV1では反復熱刺激による減弱がヒトで約25%と報告されている。ただし灸を用いてヒトで直接測定した研究は存在しない。

HSP70

エイチエスピーななじゅう
heat shock protein 70
生理学

熱ストレスで誘導される分子シャペロン。細胞での誘導は42℃で不連続に立ち上がる。細胞内では変性タンパク質に結合してアポトーシスを抑えるが、細胞外に出たものはDAMPとして免疫系に働きうる。灸で直接測った一次文献は、ラット骨格筋を対象とした1995年の1件のみで、ヒトの施灸局所の皮膚で測定した研究には到達できていない。

熱ショック応答

ねつショックおうとう
heat shock response
生理学

熱ストレスに対して細胞が熱ショックタンパク質を誘導する防御反応。ヒト肺上皮細胞では37〜41℃で比例的に増え、41℃から42℃で不連続に立ち上がると報告されている。

HSF1

エイチエスエフワン
heat shock factor 1
生理学

熱ショックタンパク質の遺伝子発現を制御する転写因子。タンパク質そのものが温度センサーとして働き、精製標本では転移の中点が36.15 ± 0.14℃(10分の前保温後)と報告されている。

DAMP

ダンプ
damage-associated molecular pattern
生理学

傷害を受けた自己の細胞から放出され、免疫系に危険を知らせる分子群。細胞外に出たHSP70もその一つとされ、CD14およびTLR2・TLR4が受容体として最初に提唱された。ただしこの位置づけは論争の対象であり続けている。

TNF-α

ティーエヌエフアルファ
tumor necrosis factor alpha
生理学

代表的な炎症性サイトカイン。マウスの施灸局所では、施灸30分後に表皮・真皮でTNF-α陽性細胞が増加し、72時間後には30分後より有意に少なくなったと報告されている。この変化はTRPV1欠損マウスでも生じた。

一酸化窒素

いっさんかちっそ
nitric oxide (NO)
温度・物理

血管内皮が産生する血管拡張物質。血流が増えると内皮に加わるずり応力が上がり、eNOSが活性化してNOが産生される正のループがある。

ずり応力

ずりおうりょく
shear stress
温度・物理

血流が血管内皮に加える摩擦力。慢性温熱療法による血管内皮機能の改善は、この経路の反復刺激によると考えられている。

動静脈吻合

どうじょうみゃくふんごう
arteriovenous anastomosis (AVA)
温度・物理

手掌・足底・指趾・耳・鼻などの無毛部にある、細動脈と細静脈を毛細血管を介さず直結する構造。交感神経の支配が強く、開けば大量の血液が皮膚表層を通って熱を放散する。

伝導・輻射・対流

でんどう ふくしゃ たいりゅう
conduction, radiation, convection
温度・物理

熱の三つの伝わり方。台座灸のように皮膚に接触する灸では伝導が働き、棒灸や灸頭鍼のように皮膚から離れた灸では輻射が主となる。対流は燃焼で生じた上昇気流や、体内では血流がこれにあたる。

熱物性

ねつぶっせい
thermal properties
温度・物理

熱の伝わり方を決める材料側の量。熱伝導率 k(W/m/K)は温度差があるときの熱の流れやすさ、比熱 c(J/kg/K)は 1 kg を 1 K 温めるのに必要な熱量、密度 ρ(kg/m³)は単位体積あたりの質量で、この三つが熱の広がりやすさを決める。

ペンネスの生体熱輸送方程式

ぺんねすのせいたいねつゆそうほうていしき
Pennes bioheat equation
温度・物理

生体組織の熱輸送を記述する古典的なモデル。血流による熱の移動を熱の吸い込み(ヒートシンク)として扱い、その大きさは血液の灌流量と、動脈血温と組織温の差に比例する。皮膚が血流を増やして反応するまでの時間は約 20秒 とされ、短時間で終わる灸ではこの冷却が立ち上がる前に加温が終わっている可能性がある。

損傷積分

そんしょうせきぶん
Arrhenius damage integral
温度・物理

熱による組織損傷を、温度と時間の積み重ねとして記述するアレニウス型の速度式。Ω の値が 0.53、1.0、10⁴ のとき、それぞれI度・II度・III度の熱傷に対応するという報告が引用されている。熱損傷の臨界温度は約 43℃ であり、それ以下ではどれだけ長くさらしても損傷は生じないと記されている。

熱傷閾値

ねっしょういきち
burn threshold
温度・物理

組織損傷が起こりうる境界の温度。基準として 44℃ が用いられるが、この閾値は基底層の温度で定義されている。灸について報告されている値のほとんどは灸そのものか模擬生体の表面の温度であり、別の量である。閾値を超えることは損傷が起きる条件が揃ったことを意味するにすぎず、実際の損傷は温度と時間の積で決まる。

低温熱傷

ていおんねっしょう
low-temperature burn
温度・物理

高温でなくても、長い時間さらされることで生じる熱傷。損傷は温度と時間の積で決まるため、「何℃までなら安全か」という問いには温度だけでは答えられない。施灸時間を記録しない限り、この積は事後に検証できない。

レーザードップラー血流計

laser Doppler flowmetry
研究方法

組織の微小循環を非侵襲で測る装置。出力は相対値であり、機器や部位をまたいだ絶対値の比較はできない。

FMD

エフエムディー
flow-mediated dilation
研究方法

血流依存性血管拡張反応。血管内皮機能の指標。8週間の受動的温熱療法で 5.6±0.3% から 10.9±1.0% へ上昇したと報告されている。

心拍変動

しんぱくへんどう
heart rate variability (HRV)
研究方法

心拍間隔のゆらぎ。RMSSD などの指標が副交感神経活動の推定に用いられるが、推定であって直接測定ではない。

侵害受容性疼痛

しんがいじゅようせいとうつう
nociceptive pain
痛み

組織の損傷や炎症によって侵害受容器が活性化して生じる痛み。変形性膝関節症の痛みなどが該当する。

神経障害性疼痛

しんけいしょうがいせいとうつう
neuropathic pain
痛み

体性感覚神経系の損傷や疾患によって生じる痛み。帯状疱疹後神経痛や糖尿病性末梢神経障害が該当する。

侵害可塑性疼痛

しんがいかそせいとうつう
nociplastic pain
痛み

明らかな組織損傷や神経損傷がないのに、侵害受容の処理が変化して生じる痛み。線維筋痛症などが議論される領域で、灸のデータはほとんど無い。

アロディニア

allodynia
痛み

通常は痛みを起こさない刺激で痛みが生じる状態。

創傷治癒の四相

そうしょうちゆのよんそう
phases of wound healing
組織・修復

皮膚創傷が治る過程の記述。止血(受傷直後)、炎症(数日間)、増殖(数週間)、成熟・再構築(3週目ごろから最長12か月)の四相で進む。灸の研究で「7日目に増えた」「14日目に減った」を読むための時間の目盛になる。

瘢痕

はんこん
scar
組織・修復

修復の結果として置き換わる組織。最終的に得られる瘢痕の抗張力は元の組織の約80%にとどまり、100%にはならないと報告されている。抗張力が最大に達するのは受傷から11〜14週後である。修復は復元ではない。

灸痕

きゅうこん
moxibustion scar
組織・修復

施灸によって皮膚に残る瘢痕。マウスの施灸局所では、46 ± 1℃・30分という間接灸の温度帯の下限に近い条件でも、表皮の不完全化と瘢痕組織が報告されている。神経線維の再生は皮膚組織の修復に遅れる。

肉芽組織

にくげそしき
granulation tissue
組織・修復

増殖相で創の欠損を埋める、線維芽細胞・新生血管・細胞外基質からなる組織。灸の動物実験では、この肉芽組織におけるVEGF発現が測定対象になっている。

線維芽細胞

せんいがさいぼう
fibroblast
組織・修復

コラーゲンと細胞外基質を産生する細胞。創傷では5〜7日目までに新しいコラーゲンを産生し始める。ラットの切除創では、鍼群・灸群の線維芽細胞数が14日・21日で対照群より有意に多かったと報告されている。

マクロファージ極性

マクロファージきょくせい
macrophage polarisation
組織・修復

マクロファージが炎症性のM1と抗炎症・修復性のM2に分かれる性質。ラットの創傷モデルでは、M2細胞の投与が治癒と組織再生を促進し、M1細胞の投与はコラーゲン沈着を遅らせ治癒を損なったと報告されている。灸の施灸局所でM1/M2を判定した研究には到達できていない。

コラーゲンⅠ/Ⅲ比

コラーゲンいちさんひ
collagen I/III ratio
組織・修復

創部のI型コラーゲンとIII型コラーゲンの構成比。難治性皮膚潰瘍モデルでは、モデル群で正常群より有意に高く、灸群・TDP群ではモデル群より有意に低かったと報告されている。原著の著者らはこれを瘢痕形成の減少と結びつけて解釈している。

血管新生

けっかんしんせい
angiogenesis
組織・修復

既存の血管から新しい血管が伸びる過程。増殖相の中心的な現象であり、再構築相では新生血管は減少していく。灸の動物実験では微小血管数(MVC)として計数され、3日・7日で増加し14日で低下したと報告されている。

VEGF

ブイイージーエフ
vascular endothelial growth factor
組織・修復

血管新生を促す増殖因子。灸との関係は報告が一致していない。難治性潰瘍モデルに創面から灸を行った研究では早期の増加が、正常に治癒する切除創に離れた経穴から灸を行った研究では対照群より低い値が報告されている。モデル・種・施灸部位・測定対象が異なるため、平均や多数決で処理することはできない。

温熱前処置

おんねつぜんしょち
thermal preconditioning
組織・修復

創ができる前にあらかじめ組織を温めておく操作。レーザーで43〜44℃に12時間前から加温した研究では、切開創が対照より強く治ったと報告されている。灸ではなくレーザーによる介入であり、創ができたあとに行う施灸とは介入の順序が逆である点に注意を要する。

Marjolin潰瘍

マージョリンかいよう
Marjolin's ulcer
組織・修復

熱傷瘢痕など、以前に損傷を受けた皮膚から生じる悪性腫瘍。熱傷瘢痕を有する者の1〜2%に生じ、主要な組織型は扁平上皮癌とされる。灸痕からの発生率を分母つきで示した研究には到達できておらず、この値を灸痕にそのまま当てはめることはできない。

エビデンス階層

エビデンスかいそう
hierarchy of evidence
研究方法

研究デザインの確からしさによる格付け。本ライブラリではA(盲検化RCT/Cochraneレビュー)からE(非査読資料)まで5段階を用い、動物実験とヒトのRCTを同じ書き方で並べないことを規約としている。

Cochraneレビュー

コクランレビュー
Cochrane review
研究方法

Cochrane共同計画による系統的レビュー。結論は「高・中等度・低・非常に低」という確実性の語彙で示される。

撤回論文

てっかいろんぶん
retracted paper
研究方法

出版後に誤りや不正が判明して撤回された論文。撤回後も引用され続けることがある。創傷治癒を目的とした灸のメタ解析は、褥瘡・糖尿病足を対象としたものが2025年4月にまとめて撤回された。撤回理由は査読プロセスの毀損であり、効果が否定されたのではなく、統合されたエビデンスが根拠として使えなくなった状態を意味する。

機能性ディスペプシア

きのうせいでぃすぺぷしあ
functional dyspepsia
消化器

食後のもたれ感・心窩部痛・心窩部灼熱感・早期飽満感のうち少なくとも1つが3か月以上続き、発症が診断の6か月以上前で、内視鏡・画像で構造的疾患がないことを条件とする疾患。除外診断である。26か国・54,127人の調査で有病率は7.2%(95%CI 7.0〜7.4%)と報告されている。

食後愁訴症候群

しょくごしゅうそしょうこうぐん
postprandial distress syndrome
消化器

機能性ディスペプシアの亜型。食事に誘発される膨満感または早期飽満感が週3日以上あり、通常量の食事を終えられない。Rome IV の世界疫学調査では、機能性ディスペプシア該当者の66.6%を占めた。

心窩部痛症候群

しんかぶつうしょうこうぐん
epigastric pain syndrome
消化器

機能性ディスペプシアの亜型。灼熱感または痛みが週1回以上生じ、活動に支障をきたす程度である。同じ調査での割合は15.3%、食後愁訴症候群との重複は18.1%と報告されている。

過敏性腸症候群

かびんせいちょうしょうこうぐん
irritable bowel syndrome
消化器

過去3か月にわたり平均して週1日以上の腹痛が反復し、排便との関連・排便回数の変化・便形状の変化のうち2つ以上を伴う疾患。腹痛は必須要件であり、腹痛を伴わない下痢・便秘は含まない。米国の有病率は7〜16%、世界のプール推定値は11%と記述されている。

Rome IV 基準

ろーむふぉーきじゅん
Rome IV criteria
消化器

機能性消化管疾患の診断基準の第4版。症状の内容と時間配置で疾患を定義し、構造的疾患がないことを条件に含める。本ライブラリでは機能性ディスペプシア・過敏性腸症候群・機能性便秘の定義に用いている。

Bristol便形状スケール

ぶりすとるべんけいじょうすけーる
Bristol Stool Form Scale
消化器

便の形状を1〜7の7段階で分類する尺度。タイプ1〜2が硬便、タイプ6〜7が軟便・水様便にあたる。過敏性腸症候群の亜型分類は、この両者が排便の25%を超えるかどうかで決まる。便の形状は大腸に滞在した時間をおおまかに反映する。

機能性便秘

きのうせいべんぴ
functional constipation
消化器

自発排便が週3回未満、いきみ、兎糞状・硬便、肛門直腸の閉塞感、残便感、用手的な補助という6項目のうち2項目以上を満たすもの。回数はこのうち1項目にすぎず、残り5項目は排便の質に関する項目である。下剤なしで軟便になることがまれで、過敏性腸症候群の基準を満たさないことを要する。

完全自発排便

かんぜんじはつはいべん
complete spontaneous bowel movement
消化器

下剤の補助なしに生じた自発排便(SBM)のうち、残便感を伴わないもの。便秘の臨床試験で主要評価項目として用いられる。ただし患者が記録する指標であり、体の外から測った量ではない。

大腸通過時間

だいちょうつうかじかん
colonic transit time
消化器

X線不透過マーカーの移動によって大腸内容物の移動速度を評価する検査。便秘のアウトカムのうち唯一、患者の記録ではなく体の外から測る量である。今回の調査範囲では、これで灸を評価した試験に到達できなかった。

適応性弛緩

てきおうせいしかん
gastric accommodation
消化器

食物が入ったときに胃底部が弛緩して容積を広げる迷走神経性の反射。充満期に胃は空腹時容積の10〜15倍まで拡張し、胃内圧の有意な上昇を伴わないと報告されている。機能性ディスペプシアでは最大40%にこの障害がみられる。

トリチュレーション

とりちゅれーしょん
trituration
消化器

胃前庭部の反復収縮が固形物をすりつぶす過程。消化可能な固形物は2〜3mm未満の粒子に粉砕されて初めて幽門を通過すると報告されている。

胃排出能

いはいしゅつのう
gastric emptying
消化器

胃の内容物が十二指腸へ送り出される速さ。標準的には内容物の50%が排出されるまでの時間(t½)で表す。シンチグラフィがゴールドスタンダードとされ、4時間後に30%を超えて残っていれば排出遅延とされる。機能性ディスペプシアの約30%に遅延がみられるが、症状の型・重症度との相関は結論が出ていない。

内臓知覚過敏

ないぞうちかくかびん
visceral hypersensitivity
消化器

胃や腸管の受容器からの信号が増大し、正常な範囲の刺激を痛みとして受け取る状態。機能性ディスペプシアでは約37%が胃拡張に対する知覚過敏を示し、これは症状の重症度と密接に関連すると記述されている。過敏性腸症候群でも中心的な病態に挙げられる。

脳腸相関

のうちょうそうかん
gut-brain axis
消化器

中枢神経系と腸管神経系のあいだの双方向の信号のやりとり。その破綻が過敏性腸症候群の病態の一つに挙げられる。認知行動療法と腸管指向性催眠療法が標準治療の一覧に載るのは、この経路に働きかける介入が検証されてきたためである。

炎症性腸疾患

えんしょうせいちょうしっかん
inflammatory bowel disease
消化器

潰瘍性大腸炎とクローン病を中心とする慢性の腸管炎症性疾患群。症状の強さと炎症の強さが一致せず、症状が落ち着いていても炎症が続けば狭窄やがんのリスクが積み上がる。治療目標は症状の消失ではなく粘膜治癒に置かれる。

潰瘍性大腸炎

かいようせいだいちょうえん
ulcerative colitis
消化器

炎症が粘膜と粘膜下層に限局し、直腸から連続して大腸に広がる特発性の炎症性疾患。切迫感を伴う血性下痢を主症状とする。中毒性巨大結腸症が最も多い死因とされ、大腸がんのリスクは10年で2%、20年で8%、30年で20〜30%と記述されている。

クローン病

くろーんびょう
Crohn's disease
消化器

消化管のどの部位にも生じうる全層性の炎症を特徴とする慢性炎症性腸疾患。正常粘膜を挟んだ跳躍性病変と敷石像を示し、線維性の瘢痕化を経て狭窄と瘻孔をきたす。非乾酪性肉芽腫は患者の最大33%に形成される。

跳躍性病変

ちょうやくせいびょうへん
skip lesions
消化器

正常な粘膜を挟んで病変が飛び飛びに存在する分布。クローン病に特徴的で、直腸から連続して広がる潰瘍性大腸炎と対比される。

中毒性巨大結腸症

ちゅうどくせいきょだいけっちょうしょう
toxic megacolon
消化器

大腸が急激に拡張し全身状態が悪化する潰瘍性大腸炎の合併症。潰瘍性大腸炎で最も多い死因と記述されている。

粘膜治癒

ねんまくちゆ
mucosal healing
消化器

内視鏡で見た腸粘膜の炎症所見が消失した状態。炎症性腸疾患の治療目標は、この20年で症状の消失からこの到達点へ移ってきた。潰瘍性大腸炎では内視鏡サブスコア0を完全な粘膜治癒、0〜1をほぼ完全な粘膜治癒として扱う報告がある。今回の調査範囲では、これを主要評価項目に置いた灸のランダム化比較試験は見出せなかった。

CDAI

しーでぃーえーあい
Crohn's Disease Activity Index
消化器

クローン病の活動性を表す複合指数。8つの因子に重みをつけて合計する。原著は18の予測変数から、担当医の全般評価を予測する式として導出したと述べている。150以下が静止期、450を超える値はきわめて重症とされる。内視鏡所見は含まれていない。

Mayoスコア

めいよーすこあ
Mayo score
消化器

潰瘍性大腸炎の活動性を表す複合指数。CDAIと違い、内視鏡サブスコア(MES)を構成要素として内蔵する。Mayoスコア0〜2が臨床的寛解、3〜5が軽症と記述されている。MESは妥当性検証を経ていないものの、内視鏡的活動性の指標として最も広く用いられている。

CDEIS

しーでぃーいーあいえす
Crohn's Disease Endoscopic Index of Severity
消化器

クローン病の内視鏡的重症度指数。粘膜そのものを直接観察して点数化する。隔物灸と鍼のランダム化比較試験では、CDAI・CRP・組織病理スコアが有意に改善する一方、CDEISは両群とも有意な変化を示さなかった。内視鏡と生検を受けたのは各群15例である。

便中カルプロテクチン

べんちゅうかるぷろてくちん
fecal calprotectin
消化器

便中に排泄される好中球由来のタンパク質で、腸管の炎症量を反映する客観指標。過敏性腸症候群の警告徴候の一つとして、その上昇が挙げられている。患者の期待では動きにくい指標である。

警告徴候

けいこくちょうこう
alarm features
消化器

機能性疾患を前提にせず、医療機関での精査を要すると判断する所見。体重減少・血便・夜間の下痢・嚥下困難・貧血・50〜60歳以上での新規発症などが挙げられる。夜間の下痢は、機能性の腸症状が睡眠中に軽減しやすいことから、施術室で一問で聞ける手がかりになる。

実薬対照

じつやくたいしょう
active control
研究方法

対照群に既存の治療薬を置く設計。「その薬より良い数字が出るか」には答えるが、期待・注目・通院・温感といった要素は介入側に算入されたままになる。灸そのものに固有の効果があるかを問うには偽灸対照が要る。

主要評価項目

しゅようひょうかこうもく
primary endpoint
研究方法

試験の計画段階で一つだけ定め、あらかじめ登録しておく主たるアウトカム。一つの試験に複数のアウトカムがあると、どれを選ぶかで「有意」と「有意でない」を両方作れてしまうため、事前に固定することが要求される。

割付隠蔽

わりつけいんぺい
allocation concealment
研究方法

次の被験者がどちらの群に入るかを、割り付けを行う者に分からなくする手続き。破れると、症状の軽い患者を治療群に寄せることが意図せず起こりうる。過敏性腸症候群の灸試験20件のうち、これが記述されていたのは2件であった。

異質性

いしつせい
heterogeneity
研究方法

メタ解析に含めた試験の結果がどれだけ食い違っているかを表す指標。I²で示され、値が大きいほど結果が重なり合っていないことを意味する。GRADEでは非一貫性として確実性を下げる理由になる。

GRADE

ぐれーど
GRADE
研究方法

エビデンスの確実性を高・中等度・低・非常に低の4段階で評価する枠組み。バイアスのリスク・非一貫性・不精確さなどを理由に格下げする。格付けは著者が付けた判断であってデータそのものではなく、試験数・例数・異質性と突き合わせて読む必要がある。

代理指標

だいりしひょう
surrogate marker
研究方法

測りたいものと相関するが、同一ではない指標。相関の強さと、測定条件による崩れやすさを指標ごとに知っておく必要がある。「指標が動いた」ことと「自律神経の活動が変わった」ことは別の主張である。

非劣性

ひれつせい
non-inferiority
研究方法

新しい介入が既存の治療より劣らないことを示す主張。「同等の効果を持つ可能性がある」という結論は、優れているという主張ではない。非劣性を主張する試験には、あらかじめ非劣性の限界値を定めた設計が求められる。

臨床的に意味のある最小の差

りんしょうてきにいみのあるさいしょうのさ
minimal clinically important difference (MCID)
研究方法

患者が意味を感じられる変化の大きさとして、あらかじめ設定される差。50歳以上で慢性の膝痛をもつ282人の試験では、疼痛(0〜10)で 1.8単位、機能(WOMAC 0〜68)で 6単位 が設定された。有意差の有無だけでなく、この大きさに届いているかを見る。

非特異的効果

ひとくいてきこうか
non-specific effects
研究方法

介入の中身そのものではなく、施術の場や関係から生まれる効果。プラセボ効果に寄与する要因は成分ごとの用量漸増に似た形で段階的に積み上げられ、統計的にも臨床的にも意味のある結果を生みうること、そのなかで最も頑健な成分は患者-施術者関係であることが報告されている。対照を置かない自院の成績は、この幅の中に容易に収まる。

自然経過

しぜんけいか
natural course
研究方法

介入しなくても症状がたどる経過。急性腰痛では6週後に疼痛得点が 52 から 23 へ落ちると報告されており、運動療法の効果量が疼痛 15点(0〜100換算)であることと並べると、自然経過による低下がそれを大きく上回る。改善を効果として計上する前に、この幅を差し引く必要がある。

ネットワークメタ解析

ねっとわーくめたかいせき
network meta-analysis
研究方法

直接比較のない治療同士を間接的に比べ、順位づけまで行う手法。慢性疲労症候群を対象とした解析では 51 の無作為化比較試験・3,473人 が組み入れられ、総有効率のオッズ比 48(95%信用区間 15〜150)と報告されている。順位は指標によって入れ替わり、更年期の解析では同じ灸が総有効率で SUCRA 95.8%、Kupperman指数で SUCRA 0% になる。

待機群対照

たいきぐんたいしょう
waiting-list control
研究方法

介入を待っている群を対照に置く設計。何もしない群と比べるため差が出やすく、偽刺激との比較より大きな効果に見える。脱落率も群間で大きく違うことがあり、ある試験では介入群の脱落が 21.9%、待機群が 2.6% であった。

用量反応関係

ようりょうはんのうかんけい
dose-response relationship
研究方法

刺激の量(時間・回数・期間・壮数)と効果の大きさの対応。灸の臨床試験ではこの対応を検証した試験が乏しく、産科領域では用量反応関係を検証した試験を見出せていない。「何壮すえるか」を根拠づける数値が、多くの領域で存在しない。

アウトカム測定のバイアス

あうとかむそくていのばいあす
detection bias
研究方法

効果を測る人が割り付けを知っていることで生じる偏り。腰痛の試験を対象とした解析では、身体機能についてのみこのバイアスとの関連が有意で、調整後の標準化平均差は −0.40(95%CI −0.77〜−0.02)であった。自院で効果を測るとき、施術した本人が「良くなりましたね」と聞き取ることは、このバイアスそのものにあたる。

表皮

ひょうひ
epidermis
皮膚

皮膚の最外層。血管を持たず、細胞が層をなして分化し、最表層で死んで角層になる。中国人成人 74名 を 50 MHz の超高周波超音波で測定した研究では、背部の表皮が 0.1184 ± 0.0189 mm と報告されている。

真皮

しんぴ
dermis
皮膚

表皮の下にある結合組織の層。血管・神経・汗腺・皮脂腺・毛包を含み、皮膚の厚みの大部分を占める。同じ研究で背部の真皮は 2.9167 ± 0.6262 mm と報告されている。

角層

かくそう
stratum corneum
皮膚

皮膚のバリアの実体。角質細胞がレンガ、細胞間を満たす脂質のラメラ構造がモルタルに喩えられる。厚さは部位によって10倍以上違い、90分間の水和で見かけ厚は最大で2倍まで増加したと報告されている。

角層見かけ厚

かくそうみかけあつ
stratum corneum apparent thickness (SCAT)
皮膚

共焦点ラマン分光法で皮膚内部の水分濃度プロファイルを測り、水分量がほぼ一定になる深さとして定義された角層の厚み。健常な日本人 33名 を対象に部位差と加齢変化が調べられ、前腕では加齢に伴って厚くなる傾向がみられた。

経表皮水分蒸散量

けいひょうひすいぶんじょうさんりょう
transepidermal water loss (TEWL)
皮膚

皮膚のバリア機能を非侵襲的に評価する標準的な指標。ただし測定値には、角層を通って蒸発した水と汗腺から出た水の両方が含まれうる。施灸の前後で測定した研究には、本ライブラリの調査範囲では到達できていない。

皮膚の血管叢

ひふのけっかんそう
cutaneous vascular plexus
皮膚

皮膚の微小循環をなす二つの水平な血管の層。浅層は皮膚表面から 400〜500 µm、深層は 1.9 mm の深さにある。表皮には血管がないため、血流による冷却が働き始めるのは浅層血管叢のある深さから下である。

皮膚血管コンダクタンス

ひふけっかんこんだくたんす
cutaneous vascular conductance (CVC)
皮膚

皮膚の血管拡張の程度を、最大血管拡張時を100%とする相対値で表した指標。皮膚温を 34℃ から 42℃ へ上げると基線の 20.0 ± 6.8 からプラトーの 80.7 ± 6.9 %CVCmax へ達し、38℃ までの加温では 52.9 ± 10.5 にとどまる。同じ 42℃ でも毎分1回のパルス加温では 66.3 ± 12.2 にとどまる。

自律神経系

じりつしんけいけい
autonomic nervous system (ANS)
自律神経

交感神経系・副交感神経系・腸管神経系から構成され、骨格筋を除く身体各部の神経性制御を担う系。「意識できない神経」という言い方は正確ではなく、支配している臓器と伝達物質・受容体まで下りて初めて何が起きるかを言える。

交感神経系

こうかんしんけいけい
sympathetic nervous system
自律神経

節前ニューロンの細胞体が脊髄の側角(外側灰白柱)のT1からL2(またはL3)に位置することから胸腰系とも呼ばれる。節後線維は主としてノルアドレナリンを放出し、アドレナリン受容体(α1・α2・β1・β2・β3)に結合する。一枚岩ではなく、支配する臓器ごとに別々に制御されうる。

副交感神経系

ふくこうかんしんけいけい
parasympathetic nervous system
自律神経

節前線維が脳神経III・VII・IX・Xおよび仙髄S2〜S4から起こることから頭仙系とも呼ばれる。節後線維はアセチルコリン(ACh)を放出し、Gタンパク質共役型のムスカリン性受容体に結合する。

腸管神経系

ちょうかんしんけいけい
enteric nervous system
自律神経

消化管がそれ自身のために進化させた神経系。消化管は完全な神経系を持つ唯一の臓器であり、この神経系は中枢神経系からの神経入力なしに完全に機能しうる。

局所加温の三相

きょくしょかおんのさんそう
local heating response
自律神経

皮膚を局所的に温めたときに起きる血管拡張の時間経過。第1相は軸索反射による一過性の血管拡張、第2相は主として一酸化窒素(NO)によるプラトー相、第3相はゆるやかな反転(die-away 現象)で、第3相は交感神経性血管収縮神経が保たれていることに依存する。灸の局所反応を読むとき、加温そのものが起こす反応をこの形で差し引く必要がある。

微小神経電図

びしょうしんけいでんず
microneurography (MSNA / SSNA)
自律神経

末梢神経に微小電極を刺入し、交感神経の活動を直接記録する方法。筋交感神経活動(MSNA)は骨格筋の血管に向かう活動で血圧の拍動ごとの制御に関与し、皮膚交感神経活動(SSNA)は皮膚に向かう活動で皮膚血流と体温調節に関与する。

RMSSD

あーるえむえすえすでぃー
RMSSD
自律神経

連続するRR間隔の差の二乗平均平方根。短時間記録で用いられ、灸の研究でも報告されている。増加が意味するのは「呼吸性の心拍変動が増えた」までであり、迷走神経緊張が増えたことを意味しない。

LF/HF

えるえふえいちえふ
LF/HF ratio
自律神経

心拍変動の低周波成分と高周波成分の比。「交感/副交感のバランス」と読む用法は、原著が反証済みとする解釈に依存している。心拍パワースペクトルのLFピークはコリン作動性拮抗薬または選択的副交感神経除去によって少なくとも50%減少すると報告されており、LFを交感神経の指標とみなす前提が成り立たない。HF帯域は呼吸帯域(0.15〜0.40 Hz)である。

pNN50

ぴーえぬえぬごじゅう
pNN50
自律神経

隣接するRR間隔の差が50 msを超える割合。全体的な変動の大きさを表すSDNN・総パワーとともに、灸の試験で報告されている心拍変動の指標のひとつ。

免疫指標の三層

めんえきしひょうのさんそう
免疫・呼吸器

免疫の指標は、数・割合・活性の三つに分かれる。数は末梢血 1mm³ あたりの白血球数のように体積あたりの個数、割合は白血球分画のように全体に占める比率(分母が動けば分子が変わらなくても値が動く)、活性はNK細胞傷害活性のように細胞が標的に対して何をできるかを測る。「細胞が増えた」と「活性が上がった」は別の主張である。

NK細胞傷害活性

えぬけーさいぼうしょうがいかっせい
NK cell cytotoxic activity
免疫・呼吸器

NK細胞が標的細胞を壊す働きの強さ。古典的な測定法は、放射性クロム(⁵¹Cr)で標識した標的細胞と被検者から分離した細胞を一定の比で混ぜ、標的細胞が壊れて放出する放射能を測るもの。「灸で免疫が上がる」の根拠として日本でもっとも引き合いに出される指標だが、灸単独の介入でヒトのこの活性を測定した査読済み研究には到達できていない。

総有効率

そうゆうこうりつ
total effective rate
免疫・呼吸器

症状・所見・検査値など複数の要素を、試験ごとの基準でまとめて一つの判定にした複合指標。連続量を二値に落とすため効果の大きさが失われ、判定者は多くの場合その試験の担当医で主観が入りうる。「有効率が上がった」という記述からは、何がどれだけ良くなったのかを復元できない。

1秒量・努力肺活量

いちびょうりょう どりょくはいかつりょう
FEV1 / FVC
免疫・呼吸器

気流閉塞そのものを表す肺機能の実数。患者が良くなったと感じるだけでは動かない。COPDの試験では、6分間歩行距離が改善した一方で努力肺活量と1秒量には群間差が認められなかったと報告されている。呼吸器領域の灸の研究を読むときは、まずこの実数と群間差を探す。

6分間歩行距離

ろくぶんかんほこうきょり
6-minute walk distance (6MWD)
免疫・呼吸器

6分間で歩ける距離。運動耐容能の実数指標であり、患者が良くなったと感じるだけでは伸びない。COPDの試験では、この指標と急性増悪の頻度・息切れ・症状スコアが動いた一方で、1秒量と努力肺活量は動かなかった。

ACTスコア

えーしーてぃーすこあ
Asthma Control Test (ACT)
免疫・呼吸器

喘息のコントロール状態を患者が自分で記入して答える尺度。非盲検の試験では、患者が自分の割り付けを知っているため、認識が結果に影響しうる。熱敏灸のメタ解析では、有効率・ACTスコア・FEV1・PEFのすべてで西洋薬との有意差が認められなかったと報告されている。

骨盤位

こつばんい
breech presentation
産科・婦人科

児の骨盤部が子宮の下部(骨盤入口側)を向いている胎位。日常語では「逆子」。股関節が屈曲し膝関節が伸展した単殿位、両方が屈曲した複殿位、下肢が先進する足位に分かれ、足位は経腟分娩のリスクが高いとされる。

外回転術

がいかいてんじゅつ
external cephalic version (ECV)
産科・婦人科

腹壁の上から児を回して頭位に戻す処置。正期産近くまで骨盤位が残った場合に産科が最初に検討する。英国王立産科婦人科学会の Green-top Guideline No. 20a(2017年)における灸・鍼の位置づけは「ECV の代替ではない」である。

妊娠中の悪心・嘔吐

にんしんちゅうのおしん おうと
nausea and vomiting in pregnancy (NVP)
産科・婦人科

妊婦の最大 85% に生じ、その大多数はセルフマネジメントで足りるとされる症状。重症例は妊娠悪阻(HG)と呼ばれ、薬物療法の対象になる。どこからが医療の対象かを分ける線を持たないまま灸を続けることが、この領域の主なリスクである。

分娩監視装置

ぶんべんかんしそうち
cardiotocogram (CTG)
産科・婦人科

胎児心拍と子宮収縮を連続して記録する装置。分娩期の監視の主体は医師・助産師であり、監視の道具はこの装置と内診である。鍼灸師が関与しうる範囲は、この体制の外側にある。

視床下部-下垂体-卵巣軸

ししょうかぶ かすいたい らんそうじく
hypothalamic–pituitary–ovarian axis
産科・婦人科

月経周期を動かしている三段の系。視床下部がゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)をパルス状に分泌し、そのパルスの頻度が下垂体前葉から出るホルモンを決め、下垂体前葉が卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)を分泌し、卵巣がエストラジオールとプロゲステロンを分泌して視床下部・下垂体に戻る。

原発性月経困難症

げんぱつせいげっけいこんなんしょう
primary dysmenorrhea
産科・婦人科

器質的疾患を背景に持たない月経痛。プロスタグランジン合成を阻害する非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が第一選択薬に位置づけられている。痛みが軽くなることは器質疾患がないことを意味しないため、灸は鑑別の代わりにならない。

PMDD

ぴーえむでぃーでぃー
premenstrual dysphoric disorder
産科・婦人科

月経前に生じる重い気分症状の診断名。過去を振り返った聞き取りだけでは診断が付かず、前方視的な症状記録を要する。循環中のアロプレグナノロン濃度は概ね正常で、ストレスに対する応答の障害によってGABA-A受容体の機能的感受性が低下していると説明されている。

緩和ケア

かんわけあ
palliative care
がん・緩和ケア

世界保健機関(WHO)の定義は、開始時期を終末期に限定していない。疾患の経過の早期に検討されたときに最も効果的であるとされ、生活の質を改善するだけでなく不必要な入院と医療サービスの利用を減らすとされている。WHOによれば緩和ケアを必要とする成人の 38.5% は心血管疾患であり、がんは 34% である。

STAS-J

すたすじぇい
STAS-J
がん・緩和ケア

緩和ケアで用いられる評価尺度のひとつで、患者ではなく医療者が観察して評点する。患者の自己記入による尺度と測っているものが違うため、尺度を変えると同じ介入でも結論が変わりうる。

血液毒性

けつえきどくせい
hematologic toxicity
がん・緩和ケア

がん治療に伴う血小板減少・好中球減少などの状態。この状態にある患者で灸の有害事象を主要アウトカムとして前向きに検討した研究は見出せておらず、しばしば引用される安全性データは鍼のものである。免疫抑制下の新たな発熱は、灸で対応する場面ではない。

放射線皮膚炎

ほうしゃせんひふえん
radiation dermatitis
がん・緩和ケア

放射線治療を受けた皮膚に生じる炎症。欧州放射線腫瘍学会(ESTRO)の実務的推奨では、ぬるま湯で毎日洗い、優しく乾かし、摩擦を避け、保湿剤を塗ることが挙げられている。照射部位への施灸の安全性を検討した査読済みの研究は見出せておらず、ガイドラインにも灸は登場しない。

がん関連倦怠感

がんかんれんけんたいかん
cancer-related fatigue (CRF)
がん・緩和ケア

がんとその治療に伴う倦怠感。灸の統合値は報告されているが異質性はきわめて大きく(I² = 92.5%)、GRADEによる確実性は「非常に低い」から「低い」の範囲と評価されている。ASCO–SIO が灸を推奨した対象は「がん治療を完了した成人」であり、治療中の患者や終末期の患者はその対象ではない。

WHO三段階除痛ラダー

だぶりゅーえいちおーさんだんかいじょつうらだー
WHO analgesic ladder
がん・緩和ケア

がん疼痛に対する薬物療法の標準的な段階づけ。灸のがん疼痛試験では、対照はいずれもこのラダーに基づく薬物療法である。したがって比較されているのは「灸か薬か」ではなく、「薬に灸を上乗せするかどうか」である。

冷え症

ひえしょう
hiesho
循環・冷え

冷たいという感覚(hie)が強く、生活上の問題になっている状態。英語論文でも hiesho の語がそのまま用いられる。診断名ではなく、国際的に検証された評価尺度は本ライブラリの調査範囲では見出せていない。

CHHF

しーえいちえいちえふ
cold hypersensitivity in the hands and feet
循環・冷え

手足の冷えを指す英語圏の用語。韓国医学の専門家調査は、これを「西洋医学では独立した疾患として分類されない症状である」と明記している。

冷え症の温度差定義

ひえしょうのおんどさていぎ
循環・冷え

自覚に依存しない冷え症の定義として使われる、体表の部位間の温度差。地域在住者 889 名を対象とした研究は前額と指尖の差が 8℃ 以上を冷え症と定義し(該当は 22.7%)、別の研究は中枢温と末梢皮膚温の差が 6℃ 以上かつ自覚症状を伴うことを条件としている。ただし、この閾値がどのような手続きで導かれたかを一次資料で確認することはできていない。境界は疾患の境目ではなく、同一人物の時系列で使う量である。

CISS

しーあいえすえす
Cold Intolerance Symptom Severity questionnaire
循環・冷え

手の外傷後によくみられる、生活を妨げる後遺症としての寒冷過敏を測る自己記入式の尺度。著者らは得点 50 超を異常な寒冷過敏とみなすべきであると結論している。住民ベースの大規模データから閾値が導かれている点で、温度差による定義とは成り立ちが異なる。

レイノー現象

れいのーげんしょう
Raynaud's phenomenon
循環・冷え

寒冷または情動に対する過剰な血管攣縮反応。古典的には指趾が白色、次に青色、次に赤色へと変化すると記述される。疾患概念であり、冷え症とは区別される。灸を単独で用いたランダム化比較試験には到達できていない。

感覚低下部位への施灸

かんかくていかぶいへのせきゅう
循環・冷え

末梢神経障害などで温度感覚が低下した部位に灸をすえること。熱さの知覚が鈍るため患者が「熱い」と言う前に組織が損傷し、創傷治癒が遅れ、感染が広がりやすい。報告された症例では、腰部の 3 cm × 3 cm の熱傷から椎体・硬膜外・胸壁・肝・肺へと病巣が広がっている。熱さの申告に頼る安全装置は、この患者では働かない。

レッドフラッグ

れっどふらっぐ
red flags
運動器

重篤な病態を疑わせる所見。腰痛を呈する人の椎体骨折スクリーニングを検証したCochraneレビューは、精査の判断を導くうえで潜在的に有用なレッドフラッグはごくわずかしかないと結論している。1つ陽性であることは、直ちに重篤な病態を意味しない。過剰紹介と見落としの両方を避けるために、陽性尤度比とともに理解する。

ODI・RMDQ

おーでぃーあい あーるえむでぃーきゅー
Oswestry Disability Index / Roland-Morris Disability Questionnaire
運動器

腰痛による生活機能の障害を測る国際的な尺度。慢性腰痛に対する灸の系統的レビューは、疼痛強度(VASまたはNRS)、障害(ODIまたはRMDQ)、日本整形外科学会(JOA)スコア、生活の質(SF-36)を報告した研究を集めている。日本の鍼灸受療者をこれらの尺度で追った研究には到達できていない。

STarT Back

すたーとばっく
STarT Back
運動器

予後不良のリスク予測にもとづいて非特異的腰痛の患者を層別し、リスクに応じた治療を割り当てる方法。総説の結論は、個人をリスク区分に振り分ける性能だけでは試験結果のばらつきを説明できない、というものである。得点を取るだけで施術内容が変わらないなら、記録が増えただけになる。

Kellgren-Lawrence分類

けるぐれん・ろーれんすぶんるい
Kellgren-Lawrence grade
運動器

膝の変形性関節症を、骨棘の形成や関節裂隙の狭小化といったX線上の構造変化によって段階に分けた分類。症状のある膝OA患者392人の試験ではgradeごとの解析が行われ、KL gradeが高いほど疼痛・機能・WOMAC総得点が高いことが報告されている。

WOMAC

うぉーまっく
Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index
運動器

疼痛・こわばり・身体機能の3領域を患者の自己記入で測る変形性関節症の尺度。膝痛の大規模試験では 0(困難なし)〜68(極度に困難)の総得点が主要アウトカムに用いられ、灸のメタ解析もWOMACとVASの両方を主要アウトカムに置いている。

筋硬度

きんこうど
muscle hardness
運動器

筋の硬さを硬さ計で数値化した量。肩こり群60名と非肩こり群10名の比較研究では、硬さ計と触診は一致した一方で、肩こりの自覚度と筋硬度は相関せず、両群のあいだに硬さの差もなかった。緊張型頭痛203人の横断研究では、上部僧帽筋の硬度が頭痛の重症度(HIT-6)と正の関連を示している。

MUS

えむゆーえす
medically unexplained symptoms
心身・不定愁訴

検査で説明のつかない身体症状を指す語。同じ患者が、日本の鍼灸院では「不定愁訴」、英語圏の総合診療では「MUS」、精神科では「身体症状症」と呼ばれる。呼び名によって範囲と含意が違うため、研究の数値を引用するときはどの枠組みの語かを確認する。

SSD・BDD

えすえすでぃー びーでぃーでぃー
somatic symptom disorder / bodily distress disorder
心身・不定愁訴

DSM-5の身体症状症(SSD)とICD-11の身体的苦痛症(BDD)。同じ問題意識から生まれながら基準の指定が異なる。人口調査では有病率がBDD 2.0%、SSD 3.5%、いずれかに該当する者が 4.1% と報告され、健康を理由に役割を果たせなかった日数は過去30日でBDDのみの群が 4.7日、SSDのみの群が 3.1日であった。

予測処理モデル

よそくしょりもでる
predictive processing
心身・不定愁訴

症状が、末梢からの入力だけでなく脳が立てている予測との差から生じると考えるモデル。臨床にもたらす最大の帰結は、「入力がなければ症状もないはずだ」という前提が成り立たないことである。施術による入力は、異常を正すためだけでなく、患者が自分の身体について立てている予測を更新する材料としても働きうる。

SSS-8・SSD-12

えすえすえすはち えすえすでぃーじゅうに
Somatic Symptom Scale-8 / Somatic Symptom Disorder-B Criteria Scale
心身・不定愁訴

身体症状の負担を測るSSS-8(PHQ-15の8項目版の自己記入式尺度)と、症状への苦悩を測るSSD-12。この二つは別の量である。最適な組み合わせの区切りはPHQ-15またはSSS-8で9点以上かつSSD-12で23点以上とされ、このときの感度は69%、特異度は70%と報告されている。

この辞典は教材の付録です。定義の根拠となる報告値と出典は、各語のリンク先の章に記載しています。 教材一覧へ 理解度チェックへ